よく晴れた空の下、高校の屋上に設けられたベンチの上に寝そべり、音楽を聴いていた。
耳にイヤフォンをはめ、上着のポケットに仕舞っているウォークマンにまで、線が伸びている。
目を閉じて曲に耳を澄ませ、自分の心の機微を確かに感じ取りながら、優雅な昼のひと時を過ごしていた。
「あ、せんぱーい! やっぱりまーたここにいた」
次の曲に変わろうとしたタイミングで、俺を呼ぶ誰かの声がした。
片目を開き、出入口から歩み寄ってくる人物のほうを見る。
それが誰であるかを把握した俺は、再び瞼を下ろし、そのまま曲を聴くことにした。
「こっち見たのに無視するとか、せんぱいひどーい」
何か言っているようだが、音楽に集中しているため、それを拾うことはできない。
まだ曲の序盤だというのに、左耳からイヤフォンが抜き取られた。右耳のもすぐに引っこ抜かれる。
「おい、何してくれてんだ」
閉じていた目を開いて、俺の頭部側に来ていた女子に抗議する。可愛いらしい顔と豊満な胸が近いのは気になるが、それどころではない。
「だってせんぱい、私に気づいたのに無視したでしょ。だからおあいこ」
「どこがおあいこだ。俺はひとりの時間を満喫してたんだ。邪魔してきたのはそっちだろ」
「とかいって、ホントは嬉しいんでしょ~」
「なわけあるか。それより、顔と胸、どけてくれ。近くて起き上がれん」
「ちょ、それセクハラっ!」
顔を赤らめながらも、ひとつ年下の少女は大人しく言うことを聞いてくれる。
俺はベンチの右側に詰め、ひとり分のスペースを空けた。
「あ、ありがと……」
恥じらいを露わにしたまま、彼女は腰を下ろす。
「で、何か用があって来たんだろ?」
「別に用ってわけじゃ……せんぱい、今日は何の本読んでるのかなー、って思っただけ。ほら、いっつも違うの読んでるしさ。教室に行ってもいなかったから図書館覗いてみたんだけど、人が多いし、じゃあ屋上かな、って思ったんだよ」
「つまりストーカーってことだな。わかった、然るべき処置を取らせてもらう」
「もー、つまんない冗談やめてよー。せんぱい、私がせんぱいのこと好きって知ってるでしょ?」
「初耳だ」
「嘘ばっかりー。だって、こんなにせんぱいのところにくる女子なんて、私くらいだよ? 気づかないわけないよねー」
にやにや笑いながら、彼女は俺のほうを見てくる。
はあ……とため息をひとつ吐いて、俺は正直に言った。
「好意を向けられてるってのはさすがにわかる。けど俺には、付き合うってのがどういうことかよくわからん」
彼女は、まだ同じ表示を浮かべている。
「なんだよ」
「せんぱーい、私、好きとは言ったけど、付き合って、なんて言ってないよ? 」
「ぐっ……」
早とちりしていたみたいだ。てっきり、そういうことなのだとばかり思っていた。恥ずかしさで、自分の顔に熱が集中している。
「でも、せんぱいもそう思ってくれてたんだなーって、なんだか安心した」
「……え?」
「私、せんぱいとお付き合いしたいってずっと思ってた。だからせんぱい、ひとつだけワガママ言っていい?」
彼女が何を口にするのか、わかってしまった。けれど頷くだけにとどめ、静かに続きを待った。
「私、せんぱいの彼女になりたい」
嬉しさと恥ずかしさとが混ざりあって、しばらく、口を開くことができなかった。
二人とも、顔の火照りが最高潮に達している。
束の間の沈黙を破るように、なんとか、言葉を紡いだ。
「お、お前がそれでいいなら……」
喜びのあまりか、彼女は顔を両手で覆ったり、ぱたぱた扇いだりと忙しない。
紅潮した顔がお互いに平常に戻ったあと、彼女は、ひとつのお願いを口にした。
「ね、せんぱい。手、繋ぎながら、一緒に音楽聴きたい」
「い、いいけど……」
そう言って彼女にイヤフォンのR側を差し出し、彼女に合わせて、俺もイヤフォンを耳に装着する。ぎこちなさを伴いながらも、ぎゅっと、互いに互いの手を握りあった。
流しっぱなしにしていた音楽は、いつの間にかBUMP OF CHICKENの『ファイター』になっていた。
大切なものを守るための勇気をくれる、そんな曲。
この先どんなことがあっても、彼女を幸せにする。
小さかった俺の命に、確かな情熱が灯った。
2/25/2024, 4:04:17 AM