※🪶🪭
「掌中の物、必ずしも掌中の物ならず」
そうでしたよね、諸伏さん────?
空を見上げたことで我慢していた雫がポロポロと重力に従って流れ落ちた。手の中にあるものが、必ずしも自分のものであるとは限らない。誰が言ったかは覚えていないが、三国志に出てくる有名な言葉なんだと聞いた記憶がある。それを教えてくれた彼の姿は、もうないのだけれど。
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3年前の冬、彼──コウメイこと諸伏高明は意識不明の重体になった。何でも犯人を追いかけていた際に崖から転落し、強く頭を打ったとのこと。初めは信じられなかった。医者の言葉も、彼の同僚である勘助くんと由衣ちゃんの言葉ですらも。でも、病室に入って、実際に目にして理解した。理解してしまった。ああ、嘘でも何でもない。これは紛れもない事実で、現実なのだ、と。
「コウメイさん、行ってきますね」
高明さん、と呼んでいたのはあの日まで。名前を呼ぶのですら辛くて。本当は顔を見るだけで泣いてしまいそう。でも顔を見に来なければいつの間にか彼が死んでしまっているような気がして。だから仕事に行く前の数分、彼にいつも会いに行くように病室を訪ねては去るように心がけた。あまり長居すると、もう一人では立てないだろうと思うから。
伝えたい言葉があった。
届けたい想いがあった。
好きです、って、言いたかった。
でももう、届かないのだ。
遙か遠くに行ってしまった、彼には。
『届かない想い』
6/17/2025, 12:54:32 PM