小雨の降り出した夕方だった。
昔ながらの民宿で、客は自分ひとり。
女将がメインのメバルの煮付けと小鉢を持ってきて、サービスだとレトロなビール瓶を年季の入った机に置いた。
年季の入った…とはいくらかぼかして表現している。経営状態はあまりいいとは言えそうにない。
傾いた看板。効きの悪いクーラー。換気扇の音が食堂にまで聞こえてくる。
「珍しいっすね」
自分はありがたく頂いた。冷やされたグラスがキンと心地いい。年に何度か釣りのために足を運ぶがこんなサービスは初めてだった。
寂れかけた小島の民宿は自分からみたら風流だが、今は皆、自粛だとか海外だとかで足がどんどん遠のいているらしい。
(潮時かね)
仕事の合間を縫って通うのを気に入ってはいるのだが。
今日は朝からレンタルしたボートで沖に出たが坊主だった。(船舶免許は小型の二級を大学時代にノリで取った)
女将はよく陽に焼けた顔でがははと笑う。
「まぁ長くおいでるとかんがなぁ」
おそらくそんなようなことを言われた。
ほろ酔いで布団に入り、虫の声が一層にぎやかになってきた深夜だった。
夜風にカーテンがふわりと舞う。
「遅くに申し訳ありません。あの時助けて頂いたイソガニでございます」
鈴蘭の水色の着物を着た美人が枕元で正座をしていた。
7/18/2024, 11:28:02 PM