理想郷
ここにお嫁に来て50年近くが過ぎたが、ここで生活できて本当に良かったと思っている。後悔なんてない。
夫と私は年が10才近く離れている。お見合い結婚で知り合い、この山間の小さな集落に嫁いできた。夫は年が離れていることもあり、大きな声さえ上げたことのない働き者の優しい人だった。町の工場に勤めていたが、庭でシャクナゲの花を育てるのが、趣味だった。
シャクナゲは赤、白、黄ピンクの色とりどりの大きな花が特徴だ。この大きな花房を作るためには、花が咲終わったあとに枯れた花を全て摘む必要があり、非常に手間がかかる。花を増やすにしても挿し木で増やすため、人の手が必要だ。それでも夫はシャクナゲを好み、毎年綺麗なシャクナゲを庭に咲かせた。
シャクナゲが庭一杯になるころには、友達や親戚、集落の人たちが花見にくるようになり、この庭ははシャクナゲ見にくる人たちの笑顔が絶えない場所となっていた。
そんな夫も2年前に病でなくなった。
病院で夫は家に帰りたがり、シャクナゲのことばかりを気にかけていた。
「皆が笑顔になれるあの庭は俺にとって理想郷だ。早く帰って手入れをしめやらないとな。シャクナゲが可愛そうだ。」
夫の最後の言葉だ。
10/31/2024, 11:59:15 AM