【無色の世界】
晴れた空の色は青色。乾いた大地の色は茶色。聳え立つ木の揺らす葉の色は緑色。絵巻物に記されたそれらは、僕の目には映らない。物心ついたときには既に、僕の瞳は『色』と呼ばれるものを認識しなかった。反射光の強さだけが、僕の視界に映る世界の凹凸を構築している。
くすくすと笑う精霊たちの声が、鼓膜を震わせた。ああ、この可憐で軽やかな声は、花の精霊たちのものだ。彼らの囁きに従って、ツユクサを籠へと刈り取った。乾燥させて解熱剤にしよう。ちょうど在庫が切れかけていた。
「……本当に、色が見えてないんだよな?」
森の中で行き倒れていたところを拾ったら、恩返しにしばらく働かせてほしいなどと言ってきた、良く言えば律儀、悪く言えばクソ真面目な剣士の青年の問いかけに、まあねと軽く頷いた。
「でも、音でわかるから。この花は空の色でしょ?」
精霊たちの奏でる音階が、雲一つない空に踊るのと全く同じ響きだ。隣にある別の色の花と間違えたりはしない。
信じられないとでも言うように目を瞬かせた青年へと顔を寄せて、その瞳をじっと覗き込んだ。ああ、炎の精霊たちが嬉しそうに声を弾ませている。
「君の瞳は、燃え盛る暖炉の火の色だ」
僕の世界に色はない。だけどその代わり、僕の世界には音が溢れている。他の人間たちには聴こえないらしい、精霊たちの囁きがいっぱいに。
――ほら。色のないこの世界は、今日もとびきり鮮やかだ。
4/18/2023, 1:04:29 PM