ミキミヤ

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空から降る雨粒が、僕の身体をすり抜けて地面に落ちていく。パタパタと音をたてるそれは、僕の身体を濡らさない。僕は空に向かって手を翳してみた。僕の身体は何も遮らず、ただ鈍い色の空が見えるだけだった。近くには白くそびえ立つ病院が見える。その庭に生えた樹木は瑞々しく、空からの恵みの雨に喜んでいるようだったけれど、僕の心は今日の空のように暗く沈んでいた。僕が死んで3年。僕は君と約束したこの場所で、今も約束の成就を待っている。


君と僕は、同じ病気で同じ病院に入院していた。僕らの病気は生まれつきのもので、治療が難しく、手術をしないと治らないと言われていた。その手術はとても難しく成功率が低かったし、できる人も場所も限られていて、大半の子は受けることすらなく亡くなっていった。同じ病室の仲間は1人亡くなり、1人入院し、また1人亡くなり……と、少しずつ入れ替わって、日に日に近づいてくる死の気配に僕は怯えていた。
そんな僕を変えたのが君だった。君の放つ言の葉には明るい光が宿っていて、僕の心はそれに照らされて、少しずつ明るくなっていった。
君と過ごし、僕がよく笑うようになってからどれくらいのことだっただろうか。君に手術を受ける機会が巡ってきた。君は、成功率の低い手術だと知っていても、受けることを希望した。僕はそんな君を止めたかった。手術を失敗して僕の知らない場所で君が亡くなってしまうくらいなら、手術を受けず僕の近くで逝ってほしかった。エゴだって自分でも分かってたけど、君が僕の手の届かないところへ行ってしまうのがただ怖かった。
僕が何を言っても、君の意思は揺らがなかった。そして、君は言った。

「ここで必ずまた会えるよ。また2人で笑い合おうよ。約束だよ」

そうして君は手術のできる遠い病院へ旅立っていった。それからずっと僕は待ち続けた。また君と笑い合う日を夢見て、待ち続けて、そして、気づいたら死んでいた。君に会えないまま、僕は死んでしまった。
そして、この病院に魂を留めたまま、僕はまだ君を待っている。


ボーッと佇んでいたら、雨が止んだ。雲間から光が差した。僕の影を作らない光を、僕は眩しく見つめる。僕の心は晴れないままなのに、空模様は変わっていく。

「ねえ」

ふいに、後ろから声をかけられた気がした。死んでから長らく誰かに声をかけられた経験なんてなかったのに、僕は何となく振り返って――その人を見た。

「へへ、久しぶり。お待たせ」

待ち望んでいた光景がそこにはあった。僕の心に重くかかっていた雲が晴れた。
遠い日の約束は、今、果たされた。

4/9/2025, 9:15:47 AM