ずい

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『夢見る心』

「ねえ~!おばあちゃん聞いてよお」
千夏は言い終わるやいなや、玄関先に鞄を放って縁側に向かった。学校帰りはいつもここに寄る。大嫌いな家じゃなくて、穏やかに迎えてくれるおばあちゃんの家に。
おじいちゃんは三年前に亡くなった。この家におばあちゃんは一人で暮らしている。
「どうしたの、ちいちゃん。そんな座り方しちゃあスカートがくちゃくちゃになるよお」
膝に崩れるように倒れてきた千夏の頭を、優しい手がなでてくれた。それだけでもう泣きそう。
「おかーさんが、絵画教室行くの反対だって今さら言い出したの!夏休みの間だけなのに。こないだは良いって言ったのにー!」
「絵画ねえ」
「今のままじゃダメだし、食べていけるなんて思ってないし。でも挑戦はしてみたいの」
おばあちゃんは分野は違うけど絵描き仲間でもある。
千夏は油絵、おばあちゃんは絵葉書職人だ。
ずず、とお茶をすするとおばあちゃんはふてくされる千夏の背をさすった。
「誰にも人が夢見る心を操ろうなんてこたね、できないものさ。どうして行きたいのか、もうすこぅし先のちいちゃんの話をお母さんとしてごらん」
それでもダメならここで描けばいいさ、なんてからからと笑うおばあちゃん。
悔しさとじんときた温かさで目頭が熱くなってくる。
そんな千夏の手に冷たい麦茶が渡された。
一口飲むと不思議と気持ちが落ち着いてきたような心地になる。

遠くで聞こえるセミの声と、風鈴と、麦茶。
もうすぐ高校二年目の夏がやってくる。

4/16/2024, 1:34:47 PM