私の母は決して人当たりが悪い訳ではありませんでしたが、どうやら他人を手の平の上で操ろうとする節がありました。
頭ごなしに怒鳴り付けるようなことはしないのですが、自分の思い通りにならないと、途端に不機嫌になるのです。静かに不満を態度で表し、それでも思い通りにならない時には、涙を浮かべることさえありました。
こちらは感情的になった訳でも、理不尽な要求を押し付けた訳でもない。
ただ、母に自分の要望を伝えただけなのに、泣かれてしまうとどうにも弱くて、何故か悪いことをしてしまったような気がして、私は慌てて謝るのです。
小学校も、中学校も、高校も、私は母の顔色を伺いながら選びました。
父はどうだったかと言うと、完全に母の味方でした。
厳しい父というより、母を心の底から愛していて、私が少しでも母の機嫌を損ねようものなら、すぐに拳が飛んできました。
母はそれを止めるどころか、私が父に怯えて自分の意見を取り下げると、機嫌を良くするばかりです。
そんなこんなで、私はいい年になっても反抗という言葉を知りませんでした。
思考を放棄するというのは、とても楽なことでしたが、親の望みだけで形成された人生は、とても味気ない物でした。
だから精々、鳥籠の中で踊るように、呼吸をするのです。
『踊るように』
9/7/2024, 12:40:09 PM