涙の理由
「遅れてごめん、美凪のことが僕も好きです」
美凪は驚きの顔をこちらに向けていた
僕の急な告白に驚いたのだろう
沈黙を恐れた僕は言葉を続けた
「あのときは、なんて返し、、、えっ」
白いカーテンの隙間から差し込んだ赤い夕日
その夕日のスポットライトを浴びて、涙が赤く光った
彼女は病室のベッドで涙を流していた
僕には、その涙の理由がわからなかった
そして、僕は告白をするべきではなかったと後悔した
真っ赤な夕日に染まる街を見るたびに思い出しては、あの涙の理由を考えている
しかし何度考えても答えはわからない
そして、答え合わせもできない
彼女はあの涙の日を最後に旅立ってしまった
僕が最後に見た彼女は涙を流していた
あれが最初で最後の美凪の涙だった
美凪が涙を流すなんて信じられなかった
そういった感情表現をしないのが美凪なのだ
だから涙の理由が分からなくなっていた
こんな予測は思い上がりすぎと考えながらも、素直に好きと言われたことが嬉しかったからなのだ
でも長年美凪の側にいた僕からしたら合点がいかなかった
美凪がそういうときに涙を流すと思えない
自分の死期が近づいて、涙もろくなっていたと片付けてしまえばおしまいなのだが
どうしても引っ掛かって、考えてしまう
涙の理由を
僕は夕日に染まる街の中を歩き、自宅に帰ってきた
右手には手紙があった
美凪の母からもらった、美凪の遺書的な手紙だ
僕は自室のベッドに腰掛け、手紙を開いて読んだ
『優斗へ
今日はありがと、花火すごくきれいだった
私は今、どうしても伝えたいことがあって、病室に帰ってきてこの手紙を書いています
まずは一緒に花火を見に行こうと、連れて行ってくれてありがと
人の多さと、花火の大きな振動音は病人の私の胸に少し毒だったかもしれないけど
でも花火はすごくきれいで
なにより、優斗と一緒に見れたことがすごく幸せだった
あの花火を私は一生忘れることはないと思う
まぁその一生はもうわずかだけど
でも死ぬその瞬間まであの時の幸せは残り続ける
本当にもう後悔はない、そうはっきり思えた
でも一つだけ後悔があるとしたら
私ね、優斗のことが好きです
この言葉を一緒に花火を見ているときに私は言ったの
花火の音で聞こえなかったよね
優斗が「えっ」って聞き返してきて、私にはこの言葉を2回も言う勇気がなかった
私のこの思いが伝えられなかったことが、私のたった一つの後悔
声に出しても、伝わらなかったら意味がないよね
だからせめて、こういう形で伝えようと思って、今この手紙を書いています
美凪より』
「あぁぁぁぁ〜」
僕は美凪と同様に柄にもなく涙を流した
いや、美凪のきれいな涙よりよっぽどひどい涙だ
「だから、そう、だったんだ」
ずっとわからなかった答えがわかった
あのときの涙は僕が、「美凪のことが『僕も』好きです」と言ったときに自分の思いが伝わっていたことに気づいた
そして美凪は驚き、涙を流していたのだ
それが嬉しかったのだ
合点がいった
そして僕は心から思った
あのとき、告白をしてよかったと
「美凪、ちゃんと、聞こえてたよ」
9/27/2025, 11:46:43 AM