すゞめ

Open App

 リビングのソファで、彼女はわなわなと唇を噛み締めて震えていた。
 ほっぺたにぷくぷくと怒りを詰めて、盛大に不機嫌であることを主張する。
 それを承知で、俺は熱くなっている彼女を宥めた。

「またいつか、機会はちゃんとありますから、ね?」
「……私のことを好きだなんだとのたまう割には、ずいぶんとつまんないこと言うんだね?」
「あ?」

 彼女の安い挑発に軽率に乗ってしまった自覚はある。
 やらかした、と思ったときにはもう遅かった。

「私にはね『また』も『いつか』もいらないの」

 傲慢で挑発的なきれいな笑みを浮かべて、彼女はさらに言葉を紡ぐ。

「今、この瞬間、あるもの全てベットできない私なんて、私じゃないでしょ?」

 かっこいい……。
 好き♡

 ……って、違うっ!!

 彼女の美麗さに見惚れて危うく流されるところだった。
 今回ばかりは譲るわけにはいかない。

「だからって、ソシャゲに全財産を注ぎ込もうとしないでください」
「……チッ」

 それらしい言葉で俺を煽るが、要は「ゲームに課金させろ」と訴えているだけである。
 俺が折れないと判断したのか、彼女はテーブルに突っ伏して喚き叫んだ。

「だってSSRの魔法使いジャンガリアン出ないんだもんーーーーッ!! いつ来るかわかんない復刻なんて待てない! ヤダヤダヤダヤダヤダ今ほしいの! 今じゃなきゃ絶対にヤダっ!!」
 
 IQが下がった今日の彼女は、アホでかわいい。
 この情熱を少しは俺に注いでほしいくらいだ。

 彼女が熱中しているのは、ハムスターが勇者となってクエストを進めていくというアプリゲーム。
 どこで広告を見つけてきたのか、彼女はそのゲームをインストールしてきたのだ。

「……全く。そこまで言うのならわかりました」

 俺の言葉に、顔を上げた彼女の表情がパァッと明るく輝く。
 この健やかな笑みは俺が守ってみせる。

「気持ちはわかりますからね。課金するならガチャは出るまで回すのが定石です。1万円ずつ刻みましょう。ただし」

 課金をしたい彼女と、課金をさせたくない俺。
 今のところ、会話の主導権は俺にあるようだから、条件を出した。

「出すなら俺の財布からです」
「……!?」

 お目当てのガチャが出なくて、彼女の笑顔がこれ以上曇るのは耐えられない。

 がんばれ、俺♡

「……やっぱ、またいつか復刻ガチャで来るまで待つ……です……」

 サアアァっと、彼女の顔から血の気が引いていく。
 これはますます魔法使いジャンガリアンハムスターを引かなければならないようだ。

「おや? 『また』も『いつか』も、あなたには必要ないんでしょう?」
「ゔっ……」
「ハムにベットする気はありませんけど、あなたになら全ベットしますよ? 俺は♡」

 先ほどの彼女の言葉をきちんと使って、しっかり煽り返した。

 間接的に彼女に貢げるなら悪くはない。
 このままジャブジャブと彼女が納得するまでアプリに金を入れると決めた。
 彼女に携帯電話を手渡し、そんな決意を胸に、ガチャを回させる。

「……! 出た!!」
「はああああぁぁぁぁっ!?」

 ふざけんなっ、こっちは腹括ったんだぞっ!?
 貢ぐと決めたんだからとことん貢がせろ!

「ありがとっ」

 金額が嵩まなくてホッとしているのだろうが、俺としては全然納得がいかない。
 彼女から携帯電話を奪い取り、余った課金石を全て溶かしてガチャを回した。
 追加でもう1体、魔法使いジャンガリアンハムスターが出てきて思わず舌打ちをする。

 出るなら最初から出てこい!

 八つ当たりに近い気持ちを抑えながら、彼女に諭した。

「ハムマスターのあなたともあろう方が、なに温いこと言ってんですか」
「へっ?」
「SSRの魔法使いジャンガリアンを完凸させてからが本番でしょうが。ついでに背景と額縁もキラキラにしましょう」

 1万円を刻みながら、容赦なくガチャを回していく。

「み゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!??」

 彼女の断末魔をよそに、我ながら弾けた課金額を注いだ。
 そのかいあって見事、魔法使いジャンガリアンハムスターを限界突破させることに成功する。
背景と額縁は豪華にできなかったので、追い課金しようとしたところで、彼女が俺の腕にぎゅうぎゅうとしがみついてきた。

「あ、ご自分で回します? すみません。俺だけ楽しんでしまって」
「ち、違う違う違うっ! 全然違うからっ!」

 こんなことになるとは予想もしていなかったのだろう。
 真っ青な顔で彼女は俺に謝ってきた。

「ごっ、ごめんなさい……。もうしないから……」
「本当に?」
「う、うん……。ホントに、しない……」
「では、これからは節度を持って楽しみましょうね♡」

 コクコクと勢いよくうなずく彼女に、俺は満足する。
 萎れてしまった彼女の機嫌を頭を撫でながら元に戻していくのだった。

 その後、罪悪感によって暴走した彼女から、アプリに注ぎ込んだ倍の金額を貢がれて発狂することになることを、俺はまだ知らない。


『またいつか』

7/22/2025, 10:47:34 PM