言葉はいらない、ただ・・・
私ね、画家になれるんだ。
私の絵を見たいって言ってくれる人がたくさんいるの。
私も、もっと私の絵に向き合わなきゃって思うんだ。
だから…、ごめん。別れよう。
水彩画家として大成するのが彼女の夢だった。
僕だって、絵に真剣な姿に惹かれたのだ。絵に向き合いたいという彼女を、引き止められるわけがなかった。
そうして、僕と彼女は会わなくなった。
それから二年後。とあるギャラリーに訪れた。
壁には一面、美しく繊細な水彩画。彼女の個展だ。
ギャラリーの奥で足を止める。
吸い込まれそうなほど深い森に佇む、可愛らしい猫と少女。隣は青く清い水をたたえる湖。どちらも彼女の優しい人柄が、見ているこちらにすごく伝わってくる。
…よかった。ずっと、変わらずにいてくれて。
ふと目を入口の方へ向けると、作者である彼女がお客さんの女性と話していた。二人とも楽しそうで…。彼女は、見ている僕に気づかない。
でも、それでいい。
僕への言葉はいらない。ただ、君は絵を描き続けて。
8/29/2023, 1:32:32 PM