喫猫愛好家

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「遠くの街へ行きたい。誰も私のことを知らない場所へ。」
ベッドに横たわる彼女が、やつれた頬をほのかに綻ばせながら、か細い声で囁いた。ああ、まただ。彼女は最近こんなことを頻繁に言うようになった。この言葉が私には死を予感しているようにしか聞こえないし、微かな笑みを浮かべた表情は自分の運命を悟った者のそれに見えてしかたない。喉がきゅっとなって目頭が熱くなるけど、そのことに気付かれないように、彼女の前で泣かないように、私は極力明るい声を出して言った。
「病気、治ったら行こうね。絶対!」
いつもはここでこの会話は終わるけど、今日は違うのだ。したり顔をして、私はパンパンのリュックから10冊以上の『地球の歩き方』を取り出した。中国、スペイン、アメリカ、インド、フランスなどなど。彼女はここ最近で一番の笑い声をあげた。

 1ヶ月して彼女は死んだ。結局病院のベッドから降りることはなく。きっと彼女も自分の運命を知っていた。私だって、病気が治ることを信じていたかったけど、それは地球がひっくり返ってもあり得ないことだと医者の診断書は告げていた。運命に抗えなかった私たちだが、せめて約束は果たさなくては。
白い骨壺をリュックに入れ、スニーカーを履く。2人で読み尽くしボロボロになった『地球の歩き方』を手にとって、アパートのドアを開ける。
「さあ、行こうか」

2/28/2024, 11:53:18 AM