与太ガラス

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 とりとめのない話をとりとめもなく話すのは、ある種の才能だと思う。行きつけのカフェで仕事をしていると近くの席にいつもいつもいる3人組の女性たち。毎日来ていて話が尽きないのかと思う。

 家事が一息つくのか、お昼ごろから集まって、カフェのランチを食べたらおしゃべりスタート。日の暮れかかる4時過ぎまでは話している。

 長時間このカフェに居座って仕事をしている私がとやかく言える筋合いはないのだが、お店はよく何も言わないなと思ってしまう。

 このカフェはBGMが流れておらず、自分のイヤホンで好きな音楽が聴けるところが気に入っていた。耳を塞ぐから彼女たちの声もあまり気にならない。

 ある日、たまたま通された席がそのグループの隣だった。彼女たちはすでにおしゃべりを始めていて、私は彼女たちに背を向ける形で座っていた。

「もう信じられない〜と思って、急いで旦那に連絡したの。そしたら仕事だからとか会議だからとかはぐらかしてたんだけど、最終的には『行きました、ごめんなさい』って言ったからね」

 1人の女性が言い終わったところでどっと笑いが起きる。どうやら話のオチのタイミングだったようだ。フリを聞けなかったのが悔やまれる…じゃない、仕事をしないと。イヤホンを取り付けようとしたところで会話が耳に入る。

「や〜旦那さんもかわいそう」

「いまどきマッチ箱ってねえ、珍しいんじゃない? 私がその店行きたいくらいよ」

「スナックよね、キャバクラとかじゃなくて。あー面白かった〜」

 マッチ箱? 旦那さんのスーツかなんかに入ってたのか? すぐ後ろにいるとやはり会話が気になってしまう。

「えーじゃあ、これ読もうかな。ワンドリのみなさんこんにちは」

「こんにちは!」

 え? え? なんだ? 何が始まった? いま挨拶したのか? 後ろを向いて確認したい。

「もうすぐ年末ですが、みなさんは大掃除、どうしてますか? 私はなかなか時間が取れなくて、ついつい後回しになってしまいます。気づいた時には年を越していて、まあいっかって思ってしまうことも…」

 なんだ、明らかに文章を読んでいる。さすがに何をしているのか確認しないと仕事が手につかない。

 私はトイレに行くフリをして席を立ち、チラッと隣のテーブルを見た。すると1人がスマホの画面を見ながらしゃべっている。他の2人はそれに相槌を打っていた。

 これはあれか? なんらかの配信でもしているのか?

「さあ長いこと話してきました『ワンドリンクで3時間』も、まもなくお別れのお時間です〜。生配信してましたけど、アーカイブも残しておきますのでね、途中から聞いたっていう人もさかのぼって聴いていただけたらと思います」

 あ、明らかに配信って言った。しかもワンドリンクで3時間とか、最悪の客じゃないか。これは店員さんに言って迷惑行為を伝えなければ。

「あの、すみません、隣のお客さんなんですけど…」

 私は手近にいた店員さんに声をかけた。

「あ、はい、ワンドリさんですね、もう少しで配信終わると思いますので」

「はい?」

 この店員さん知ってるのか?

「あ、ワンドリのファンの方…じゃない…んですか。あ、すみません」

 私と店員さんが噛み合わないやり取りをしていると、ワンドリのみなさんが締めに入る。

「この番組は、スマートFMをキーステーションに、横浜港南区にある喫茶ネクストポートさんからお送りしました」

 ここだけ聴いていたら本物のラジオ番組のようだ。

「えっともしかして、許可取ってやってるんですか?」

 私は店員さんへの質問を変えた。

「ええ、許可もなにも当店は『音声配信推奨店』ですので、注文さえしていただければ、配信は大歓迎です」

「でもさっき、ワンドリンクで3時間って…」

 ここで3人組の声が大きくなる。

「では、本日のお会計を発表します!」

 1人が宣言すると、残りの2人が口ドラムロールをし始めた。

「ダラララララララ……ダン!」

「7,480円!」

「おー、結構行ったね〜」

「まあいつも通りって感じかな。でもミッキ新作頼んでたじゃん」

「あ、そうそう、豆乳スペシャルね。美味しかった、オススメですー」

 このやり取りに耳を奪われていたら、店員さんが丁寧に教えてくれた。

「ワンドリのみなさんは、いつも新作を飲んで放送で感想を言ってくださるんです。それがお店の宣伝にもなるんです」

 そんな商売が始まっていたとは。

「もしかしてBGMがないのも?」

「あ、はい。余計な音源が入り込まないように、当店ではBGMを流しておりません」

 そこまで徹底しているのか。

「この番組の制作費はあなたからのおひねりが頼りです!」

「そうです、引き続きこのおしゃべりを聴きたいって人は、ぜひ、あなたにできる範囲で応援の投げ銭をお願いします」

「お便りの採用チャンスも上がるかも?」

 この人たちもちゃっかりしている。とりとめのない話がとりとめもなく続けられるだけで、ビジネスが生まれているのか。

「ありがとうございました〜」

 どうやら放送が終わったらしい。すると周りの席のあちらこちらから3人に目がけて人が集まってきて、瞬く間にサインを求める列ができた。

「ワンドリのみなさんは本当に売り上げに貢献してくれているんです」

 店員さんはそう言って笑った。

12/18/2024, 4:54:37 AM