生きてきた中で一番嬉しかった言葉は何ですか?
いつもと変わらない教室。その窓の外で、散りきれなかった桜の残骸がはらはらと舞い落ちていく。雲一つない青空から、柔らかな風が教室に流れ込んだ。
「茜、帰ろう」
前の席にいた想は、相変わらず支度が早い。よほどこの教室に長居したくないらしい。
「……想!」
「さっき、何読んでたの」
教室の隅で、いつものように本を読んでいた私を、彼は不思議そうに見る。まるで未知の生き物でも眺めるみたいに。
「少女漫画だよ」
「?」
想は目を丸くした。
「かっこいい人と、かわいい人が恋愛するの。幸せなやつ。ほら……現実の私じゃ叶わないから」
「叶ってるじゃん」
「叶ってないよ」
「……俺、茜の“彼氏枠”から外された?」
「違う! 想はかっこいいからいいじゃん。私は……違うじゃん」
「かわいいよ?」
「かわいくないってば」
「かわいいよ」
「かわいくないってば」
彼の手を払いのけた瞬間、勢い余って私の手が想の頬に当たった。
「……ごめん」
想は少し寂しそうに視線を落とし、それでもそっと私の手を握る。
「茜。俺は、茜に出会えて幸せだよ」
その言葉は今の私にとっては眩しいくらい痛かった。
「明日への光」
12/15/2025, 4:06:39 PM