足音
カツン、カツン、カツン
講堂に響き渡るピンヒールの音
大学生のときこの音が聞こえると気分が悪くなった。
この足音を鳴らすのは、私をいじめる悪敵のそれだった。
私は小中高とどのステージでも人に嫌われた。
けど、私は私を嫌う相手との間合いを詰めることで友好を築いてきた。
いじめさせない、その方法を身に付け、心得ていったのだ。
いわゆる、度胸があった。
18になり、県外の大学に進学する。
大学は大人が学びに来る場所だ。
子どもはいない。
みんな人間関係の手練であり、上手だ。
それなのにピンヒールの彼女は違った。
とにかく私に対してだけ徹底的に意地悪だった。
まわりのみんなも私に対するあからさまな態度に凍りつく。
理由が分かれば対策もとれる。
理由がわからない。
正体不明の悪意に私は恐怖を覚えた。
次第に彼女の鳴らすのピンヒールの音が聞こえると体が反応するようになった。
勝手に目線が下がって、彼女と目を合わさないようにするのだ。
私は絶望した。
なんで大学に子どもがいるの?と。
本人に聞いてみた。「私、何かした?」と。
「勝手に避けるじゃん。」と恐ろしい声で言った。
は?何を言っている?
あんたが意地悪するから避けるんでしょ?
意地悪されて、それでも態度を変えない人間なんている?あんたは女王か?
卵が先か鶏が先か、みたいな口論になった。
今思うと、私にも原因はあったのかもしれない。
理由はどうあれ、私が意図して避けていたのは事実だ。
とにかく私はそのやり取りのあとから猛烈な怒りと不安に脳が支配され、カウンセリングを受ける決意をした。
私はやるべきことはやった、これ以上は無理だ。と思ったからだ。
カウンセラーは冷徹だった。
「親に嫌われたんじゃないんでしょ。友達一人くらいに嫌われたって大したことないよ。」と。
冷徹過ぎて笑えた。
略すと「気にすんな。」の一言だったのだ。
冷徹過ぎると思ったが、単純な私は第三者に呆気なくそう言われて『あいつ一人に嫌われたからってどうってことないな。』と開き直った。
とてもちっぽけな塵のようなことに思えた。
カウンセラーが私に気が付かせてくれたのは
『あなたは完璧を求めすぎ。全員と仲良くすることにこだわるな。』ということだった。
今まで私は自分を嫌う相手と間合いを詰めて仲良くなってきた。みんなと仲良くしようとしていた。
それが人間関係の手練で、大人だと思っていた。
そうじゃない。
大人は完璧を求めない。
完璧がないことを知っている。
そんな単純なことに気が付いた。
私はそれからもピンヒールの音が聞こえると視線を下げていたが、地元に戻って働き続けて7年。
もうすっかりピンヒールの音は克服している。
8/18/2025, 11:30:35 AM