nami

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アスファルトの照り返しが、蜃気楼のように揺れていた。熱を孕んだ風が、生ぬるい微熱のように肌を撫でる。

蝉時雨が遠くで降り注ぐ中、僕は一人、部屋のカーテンを閉め切っていた。光を拒んだ部屋は、昼なのに薄暗い海の底のようだ。壁にかけられた古い時計だけが、カチ、カチと静かに時を刻む。

​時が止まったように感じられるこの部屋で、僕はただひたすらに、あの日の景色を思い出していた。

失ってしまったものの形を、僕はもううまく思い出せない。大切な誰かだったかもしれないし、手のひらに乗るほどのささやかな希望だったかもしれない。

確かにそこにあったはずの、僕を形作っていた何か。その不在だけが、心臓を蝕むように、僕のこの体を重くする。

​いつのまにか、季節はあの夏に戻っていた。

​ただいま、夏。外の世界は、こんなにも眩しくて、こんなにも生命力に満ちているのに。僕だけが、時間に取り残された化石のように、この部屋に閉じこもっている。

​カーテンの隙間から差し込む一筋の光が、埃の舞う様を浮かび上がらせる。その儚い光に、僕はそっと手を伸ばした。

まるで、もう二度と触れることのできない、遠い日の残像に触れようとするかのように──


テーマ【ただいま、夏】

8/4/2025, 8:37:50 PM