池上さゆり

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 女の子だけのお祝いの日に僕は生まれた。小さい頃はひな祭りになると、家に雛人形が飾られるのは僕の誕生日だからだと勘違いしていた。雛壇に並んだ人形をとっては一人で人形遊びをしていた。ひな祭りというぐらいなのだから、楽しい日なのだと思っていた。
 だが、僕の六歳の誕生日からは飾られなくなった。
「ねぇママ。今年は雛人形飾らないの?」
 純粋な気持ちでそう聞いてみると、ママは泣いて暴れた。
「お前なんか欲しくなかった! 私は女の子が欲しかったのに!」
 幼いながらに、その言葉の意味を理解して家を飛び出したのを覚えている。誰に助けられて、どうやって家に帰って、お母さんとなにを話したのか、なにも覚えていなかった。
 そして、高校生になって恋人ができたとき。隠していたはずなのに、すぐにお母さんに気づかれた。そして、なにを言われたのかって。
「早く結婚して、女の子を生みなさい。絶対よ、絶対に女の子よ」
 まだ結婚なんて考えてもいない時にそんなことを言われたものだから、こわくなってしまった。だから、お母さんにどれだけ彼女を紹介しろと言われても、絶対に家に連れて行かなかった。
 だが、それも長くは続かなかった。ある日、お母さんは彼女とのデートを尾行してきたのだ。そして、レストランに入って昼食にしようとしたタイミングで偶然を装って合流してきた。
 彼女は気まずそうにしていながらも、しばらくは楽しそうに会話をしていた。だが、僕は嫌な予感しかしなかった。そして、その通りになった。お母さんは彼女にも、女の子を生めと言い出した。それを聞いた彼女は申し訳なさそうにした。
「ごめんなさい。結婚するつもりはなかったから言わなかったんですけど、私、病気があって子どもは生めないんです」
 言いにくいことだっただろうに、勇気を出してはっきりと言ってくれたことが僕は嬉しかった。だが、母はそうじゃなかったらしくそれを聞いて発狂した。どうして私の元には女の子が来てくれないのと。
 それから程なくして、僕と彼女は別れることになった。そして、その恨みを晴らすかのように僕は、母が眠っている寝室に火をつけた。そこにあの日の雛人形が片付けてあることも知っていた。
 そして、後々知ったことだが、雛人形が飾られなくなったあの日。母は女の子を流産したのだという。少しばかり可哀想だとは思ったが、これで天国にいる自分の娘とやっと会えるのだから、きっと感謝してくれるに違いない。

3/3/2024, 11:37:24 AM