「安らかな瞳」
三月。庭の木蓮が、重たい冬を脱ぎ捨てるように白い花を上向かせている。
あんなに純粋な白を、私は他に知らない。
足元では、クロが春の陽だまりに溶けている。
薄く開けられたその瞳。
そこには、追いかけっこをした記憶も、昨日叱られたしょんぼりした気持ちも、もう何も残っていない。
ただ「今、ここにいる」という、透き通った肯定だけがある。
「クロ」
名前を呼ぶと、尻尾が一度だけ、ゆっくりと庭の土を叩いた。
揺れる花びら。静かな呼吸。
何も解決しなくていい。
ただこの安らかな瞳に見守られて、私も私自身を、少しだけ許してみる。
3/14/2026, 3:37:34 PM