「誰よりも」
(以前に投稿した「待ってて」と対にしても読める読み物です)
あれはいつだっただろうか
ぼくは彼岸に生まれ落ちた
ここまでどうやって来たかは忘れてしまった
風がぼくを運んだのか
大地のうねりに呑まれたのか
降って来た星に連れ去られたのか
それとも自ら選んで来たのか
とにかく何もかも忘れてしまった
ここはなにもない世界
ひとしきり辺りを探したが
どうやらぼく以外の人間はいないようだ
彼岸の世界は一人に一人ずつあるらしい
流石にこんな世界で暇を潰すのは難しいが
だからと言って何もしないのも手持ち無沙汰なので
とりあえずこの誰よりも孤独な世界を観測することにした
しばらくしてあることに気づいた
ぼくは今日まで全く空腹も疲労も感じていない
まるであれだな 5億年ボタンの世界だな
かなり歩いたところに
壊れているってことしかわからない機械があった
それ以外には何もなかったので
まずはその機械を修理することにした
どのくらい経っただろうか
その機械はなんとか動くようになった
そして何か文字を映し出すようになった
しかしぼくにはわからない
-185607 2765894 2753 -1576
qex jf x' zlfjebxa xfo al pelk
83509 -17709 -198780 2676678
これは何を表す数字と文字の列なんだ?
こいつについても調べなくては
文字列の意味を理解すべく
ぼくは他にも観測できるものがないか考え続けた
そして目印をつけながら歩き続けた
どのくらい経っただろうか
ぼくはこの世界で観測できるものがある程度把握できた
重力 物質の量 星の流れ そして 此岸の因果
ランダムな数値と
思い出したかのように来るメッセージのような文字列
また まるで何かを掻き消すような数値もある
もしかしたら非科学的なものが存在するのだろうか
いや そもそもぼくの存在自体非科学的なのだから
きっと他にもそういうのがいるんだろう
もしぼく以外のそういう存在同士が
何かのきっかけでコミュニケーションを図れるのなら
多少の暇つぶしにもなるだろう
あまり期待はせず ぼくはその時を待った
あれは太陽と満月が降り注いだ日の夜
世界から忘れられた木の下で
きみとぼくは出会った
闇夜のような色の髪
不思議な光を宿した瞳
子供の頃の宝物だったビー玉みたいに澄んだ声
ぼくはあまりにも驚いて殆ど声が出なかった
ぼくは多くを語れなかったが
きみと出会えたことは奇跡か
それとも宇宙の悪戯だと言った
そして
「また会えるその日まで、待ってて───」
そう伝えると同時に
朝を知らせる強い風が吹いて
気がつくときみはいなくなっていた
それから
星降る夜も 孤独な朝も 微睡みの昼も
あの木の下で ずっとずっと きみを待ち続けた
だがきっときみとの出会いは
かなりの特殊な条件下でしか再現できない
だから次の「その時」を待つことにした
待つことにはもううんざりだがもう慣れたもので
ぼくはいつまでもいつまでも
世界を観測しつつとにかく待ち続けた
観測を続けるうちにぼくは気づいてしまった
きみと出会ってから 異常な数値が増えていることに
ぼくがかつて生きていた星の重力と物質が消えていることに
きみは一体 何をしたんだ?
それからというもの
多数の銀河 ブラックホール ビッグリング
あらゆるものが消えていく
観測に使っている機械のパーツさえ少しずつ減っている
そのうえ機械が表示する数値がゼロを表示するようになった
それは観測できる事項が全て失われたことを示している
また ゼロの代わりに「Xjlro」という文字列が
何度も何度も表示されている
これもきっときみの仕業なのだろう
ぼくは彼岸の観測者 だからきみの世界に干渉できない
「また会えるその日まで、待ってて」
確かに誰よりも孤独だったぼくはそう言ったが
その時は思いもしなかった
きみが世界を全て呑み込み尽くす
そんな恐ろしい存在だとは
きみはそのうち彼岸を見つけて手を加えてくるのだろう
その時をどんな気持ちで迎えたらいいのか
ぼくにはわからない
2/17/2024, 5:06:03 PM