ヨル

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彼を一目見たとき、僕は天使なのかと思った。

白くて長いローブを身にまとい、ふわふわと漂っているその人。見た目はおじいちゃんみたいで、長い髭を生やしていた。

でも、どうやら天使ではないらしい。

天使と聞いて誰もが思い浮かべるであろう、天使の輪と天使の羽が見当たらなかったのだ。だから僕は、不思議な見た目をしているその人に問いかけた。

「あなたは…天使ではないの?」と。

すると、目の前の人はニコりと笑ってこう言った。

『きみが天使だと思うのであれば、私は天使なのかもしれないし、そうではないと思うのであれば、私はそうではないのだろう』と。

やけに遠回しな言い方だなと思った。
否定された事は、言い直したくなるものじゃないのだろうか?それとも身分を明かせないほどの人なのだろうか?

ますます分からなくなった僕は状況を把握するため、他のことを聞いてみることにした。目の前のおじいちゃんみたいな人は、とりあえず「天使(仮)」とでも呼んでおくとしよう。

「あなたはどこから来たの?なぜ宙に浮いているの?」
『私は空から来たよ。宙に浮いているのは、この世の者ではないからだ』
「この世の者ではない?じゃあやっぱり、あなたは天使なんじゃないの…?」

天使(仮)は、僕の疑いの視線を諸共せずニコニコしながら質問に答えてくれた。そして、たくさんの質問を投げたことで、彼のことについて少しだけ知ることができた。

曰く、空から来たというのは、具体的に言えば雲の上のことで、今は地上で生活している人々の様子を観察し、彼らを運命の輪の中へ正しく導くことを仕事にしているとのこと。

天使(仮)の話を聞きながら、僕はもう一度彼の姿を見た。確かに見た目は天使っぽいけれど、それにしては仕事の内容が壮大すぎると感じた。

(人々を運命の輪に導くだと?そんなの神様でもない限り信じられないのだが?)

そこまで考えた僕は、1つの答えに辿り着いた。

「…もしかしてあなたは、天使なんかじゃなくて神様なの?」

そう問いかけたとき、天使(仮)は一層笑みを深めてこう言った。

『今きみは「自分には何も無い」と無価値感を感じていないかい?大丈夫だよ。きみには素敵な能力があるじゃないか。きみは賢い子だ。目の前の事象や思い込み等に惑わされることなく、自分の頭で考えて答えを導き出すことができた。その能力は素晴らしいものだよ。どうか忘れないで。きみの価値はきみ自身が見つけるものだということを。その答えを見つけられる日は、意外と近いということをね』

天使(仮)。いや、神様はそう言うなり、ふよふよと空へと昇っていった。その間も笑みを絶やさずに、まるで僕のことを見守っているとでも言いだけな顔で。

…僕は神様から言われた通り、ここ数ヶ月無価値感を抱いて生きていた。仕事が上手くいかずに病気になり、3年付き合っていた彼女とはそれを機に別れてしまった。失敗続きの僕に何の価値があるのだと、自暴自棄になっていたところだったのだ。

確か神様はこう言っていた。『人々を運命の輪の中へ、正しく導くことを仕事にしている』と。それが本当なら、彼は僕の運命の軌道を正しい場所へ導きに来たのだろうか?だから姿を現したのか?

そう思ったら、なんだか神様に感謝したくなった。
彼から言われた僕の素晴らしい能力。それは僕自身が気がつかなかったものだ。誰からも言われたことのない、自分でさでも知らなかった僕の能力。それを神様が見つけてくれた。
そして神様は『きみの価値はきみ自身で見つけるものだ』と教えてくれた。ならば、僕は僕の価値を見つけに行こうじゃないか。

思い出したんだ。昔から何かを探究することが好きだったことを。夏休みの自由研究は誰よりも熱心に取り組んだし、僕自身も楽しんで研究していたし、何より先生や家族から褒められたことが嬉しかったんだ。

なんだ。やりたいこと、たくさんあるじゃないか。
好きだったことも、たくさんあるじゃないか。

何が無価値だ。僕には「これが好き」と言えるものがあるじゃないか。それは価値のないものか?いや、それこそ価値のあるものだろう?

そこまで考えたら、なんだかやる気が出てきた。好きなことをもっと深めていきたい。今すぐ仕事を始めなくても、貯金はあるから数ヶ月は生活できると思う。まずは心のリハビリだ。好きなことを好きなだけ楽しんでやろう。

神様。ありがとう。
あなたのおかげで、僕は新たな道へ歩き出せそうだ。

【#1神様が舞い降りてきて、こう言った】

7/27/2023, 2:41:43 PM