名前の無い音

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『好き 嫌い』

自分の腕が 嫌いだった
太いからとかタプタプしてるからとか
毛深いからとかではなくて
アザがあるためだ

左側 二の腕から肩にかけて
ちょっと大きなアザがある

小さい頃 あまり気にしたことは無かったが
お年頃と呼ばれる時期になると
とても気になった

制服の半袖が嫌だった
体操着の半袖が嫌だった

必ず聞かれる

「どうしたの?大丈夫?痛たそう!」

こちらは痛くも痒くもない
ただ そこにある 何か

いつからか 私は
長袖の上着を手放せなくなった

プールが嫌だった
海も苦手

そもそも
夏が来るのが嫌だった



「なんでいつも長袖なの?暑くない?」

あなたが 初めてそう聞いてきた時
私は 少しだけ 嫌な気持ちになったよ

私の腕にある 何かしらを
あなたに知られるのが
なんとなく 嫌だったんだ

「まぁ ちょっとね」
「なに? ひみつ?
めちゃめちゃ なんか お絵かき いれちゃってる?」
「そんなんじゃないよ」

わたしは なんとなく 上着を脱いだ

「これ なんか あるの 見えるの 嫌で」
「痣?…… いいじゃん」
「え?」
「あ ゴメンゴメン! かわいいよ!」
「は?」

そして 笑いながら言った

「上着 いらないじゃん」
「なんか 嫌なんだもん」
「じゃあさ……」

あなたは 私の左側
ちょっとだけ 後ろに立った

「俺が ずっと ここに立ってたら
他の人からは 見えないよ」

少し見上げる 左側
あなたは にっこり笑顔だった

「俺だけなら 見てもいいでしょ?」
「それ……どういう意味?」
「……まぁ そういう意味!」

これでひとつ 秘密が無くなった

ひとつひとつ 秘密が無くなると
心配も ひとつひとつ 消えていく


* * * * *

あれから
彼は 相変わらず 私の左側を歩く

あなたの隣は 居心地が いい

半袖になるのも 悪くなかったよ

5/29/2022, 9:40:02 AM