-バタン。
母さんが怒って家を出ていった。
いつものことだ。姉ちゃんと言い争いになり、賢い姉ちゃんに言いくるめられ、母さんの立場がなくなり、家を出ていく。
出ていくと言っても、朝になったら普通に仕事へ行くし、気が向いたら帰ってくる。
僕は知っている、数年前から父さんが2駅先にアパートを借り、秘密基地を作っていることを。
だから、今日もそこへ行き、父さんと2人で過ごしているのだろう。
夫婦のあり方として素敵だとは思うが、子どもの僕からしたら仲間に入れてくれとも思う。
静かになったリビングへ行くと、ケロッとした姉ちゃんがクッキーを頬張っていた。
「あんたも食べぇ。」
姉ちゃんがクッキーを差し出してくれる。
差し出してくれるどころか、顎に手を添え、咀嚼まで促してくれる。やりすぎではなかろうか。
「もうちょい母さんに優しくしてあげてよ。」
「なんでよぉ、子どもが永遠に子どもで入れる相手は親しかいないのに。」
「姉ちゃん、変わったよ。」
「変わらずにいられるもんですか。」
「そうじゃなくて、幼くなったよ。」
「そりゃあ、進化も退化もできるように備わってるんだろうよ、人間には。」
そういうものなのかと、僕は考えるのをやめた。
姉ちゃんは、すくっと僕の前まで立ち上がり、額を指で押す。
「これでは立ち上がれるまい。」
僕は立とうとするが、その通り、立ち上がることはできない。
姉ちゃんは、僕に抱きつくように座り、背中をさすってきた。
「希望の国のエクソダス、私は憧れるよ。」
そうだね、僕もいつか自分の居場所がほしいもんだ。
何をしても怒られない、自分だけが知っている世界。
いつか姉ちゃんと、子どものように、バカみたい、純粋に生きてみたいとさえ思う。
なにか足りないわけではなく、いつも満足しないということは、これほどまでに辛いことなのかと思い、グッと姉ちゃんを抱きしめてみる。
いつも心が枯渇していると表現できるのは、もう少し後になってからだった。
3/22/2023, 2:39:02 PM