Frieden

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「雫」

朝目が覚める。今日はやけに静かだ。
いつもならテレビや料理の音、あとあいつのデカい声が聞こえてくるはずなのに。何かあったのか?

少し不安になったので、リビングへと早足で向かう。誰もいない。
テーブルの上には、朝ごはんのサンドイッチとメモが置かれていた。

「おはよう!!!これを読んでいるということはようやっと目が覚めたということだね!!!今日はちょっと家を空けるよ!!!桜餅をたーくさん買って帰りを待っていてくれたまえ!!! ボクより」

珍しいこともあるもんだ。……というか、ここはあんたの家じゃないんだが……。居候のくせに。

ただ少し気がかりなのは、行き先も帰る時間も書いていないということ。念のために、自分は自称マッドサイエンティストに連絡をすることにした。

「あ!!!おはよう!!!何か用かい?!!」
どこにいるんだ?
「あー、え〜っとアレだよ!!!再発行した公認宇宙管理士の認定証を受け取りに行っているのさ!!!」
なるほど。それならいい。

「ちゃ〜んと桜餅を買って待っていてくれたまえよ!!!それじゃあまた……ね。」
……切れてしまった。

まあ、大した用事じゃなさそうだからいいか。
そう思って買い物に出掛けた。
洗剤と、電池と、それから桜餅をありったけ。

買い物もやることも済ませて、掃除やら夕食の準備に取り掛かる。
……にしても、随分と時間がかかるんだな。
もう夕方なのに、あいつはまだ戻ってこない。

もう一回連絡を入れるか。
『これは自動音声だよ!!!』
『ボクに用があるんだね!!!悪いが今は話ができないんだよ!!!悪いがまたあとで連絡をくれるかい?!!それとも留守番電話モードに切り替えるかい??』

留守番電話モードなんてものがあるのか……。
とりあえず一言だけメッセージを残そうか。
「おい、今どこで何やってる?」

……なんとなく違和感がある。
好物の桜餅があるのになかなか帰ってこないうえ、大抵連絡がつくはずなのに、いつもと違ってそれもない。

もしかしたら何かあったのかもしれない。
あいつの端末をこっそり見てみるか。
位置情報は……『未知の存在』が作った空間内を示している。

認定証の受け取りをしに行ったんじゃなかったのかよ。
なんであの空間にいるんだ?
自分はあいつの居場所へと急いだ。

01110011 01110101 01101101 01100001 01101110 01100001 01101001

〜明朝〜

さて、認定証が再発行されたみたいだから受け取らないといけないなぁ!仕方ない、受け取りに行くとするか!!

受け取りの準備をしている途中で、例の空間の質量が増加していることに気づいた。
……ん、待て。これは……?

まさか、何故だい?!!
あの空間を編集する権限はボクにしかないはずだぞ?!!
もしかして、残り僅かの宇宙を吸収してさらなるエネルギーを得たというのかい?!!

かなり古い機械人形が過剰なエネルギーを得ると宇宙規模の大爆発が起こるリスクがさらに高まる!
……仕方ない。ボクがなんとかしなければ!

彼らには悪いが、ボクだけで決着をつけるしかない!
こんな危険なことに巻き込むわけにはいかないからね。
……もしかしたら無事に帰ることもかなわないかもしれない。

それでも、宇宙を守るためならこの身を犠牲にすることも厭わないよ!ボクはそう決めたからね!!!

それじゃあ、行ってくるね。
今まで、ありがとう。キミもちゃんと、幸せになってね。

*.。+o●*.。+o○*.。+o●*.。+o○*.。+o●*.。+o○*.。+o●*+.。o○

「……で、なんでキミがここにいるんだい?」
人手は多い方がいい、と思ってな。

「どうして、ボクがキミに何も言わずにここに来たか、わからないのかい?」
抑揚のない口調だ。
いや、何かあったのかと思って、その……心配になったんだ。だから危険を承知でここに来た。

「……。ボクよりもずっと脆いニンゲンの分際で、なにができるというのだね?」
……。
「わかったのなら早く元いたところに戻りたまえ」

いや、戻るわけにはいかない。あんたをひとりこの場所に置いてはいけない。自分に「誰かに頼ることを覚えろ」って言ったのは、ほかでもないあんただろ?

「全く……いけしゃあしゃあと!」
「予備の装備を持って来ておいてよかったよ。ほら、これ。その赤いボタンを押すだけだよ。」

渡された装備を身につける。言われた通り赤いボタンを押した。本当にこれだけでいいのか?何かが変わったようには思えないが……?

「今度はそっちの青いボタンを押したまえ。そうすれば武器が出てくるはずだよ。」
……小型の銃のような武器が出てきた。

「試しにボクを撃ってみたまえよ。今身につけているそれの強度がわかるはずだ。」

ほ、本当にいいのか……?!かなり恐ろしいと思いつつ銃口を向ける。レーザーが当たったが、かすり傷ひとつつかない。

「今の一発はキミの星が吹き飛ぶほどの威力があるがこの通りだ!……この武器の出番がないことを祈るが……。」

そうだ。聞くのを忘れていた。ここで何が起こっているんだ?

「例の彼女がこの空間内に戻ってきたんだ。そしてここでキミの暮らす宇宙をさらに吸収したんだ。」
「この狭い空間内に膨大なエネルギーが集まるとどうなるかわかるね……?そう、宇宙規模の大爆発のリスクが非常に高くなる。」

「前時点ですでにかなり危険な状態だったのに、さらにエネルギーが加わった。準備が済み次第適切な処理を行うつもりだったが今は最早一刻を争う事態だ。」

「ボク達がすべきことは、この2つだ。彼女を無力化し、宇宙を切り離すこと、だよ。」

「ボクが彼女の内部にあるシステムにアクセスして動きを止め、機能を凍結させる。だからキミは彼女に紐づいたエネルギー源を切り離してくれたまえ。」

「おそらくエネルギー源はこの空間のどこかに複数ある。キミはそれを探して切断するんだ。おそらくこの前のスノードロップの花みたいに、わかりやすい形で存在するだろう。一刻も早く、見つけてくれたまえ。」

自分たちは急いで作業に取り掛かった。
どこにあるのかもわからないエネルギー源を探す。
何か四角い石碑のようなものがある。そこから根っこのようなものが出ている。

……これが宇宙と繋がっているのか?
「よく見つけてくれた!!!それを切り離したまえ!!!ボクの予想ではあと7つある!!!任せたよ!!!」

急に喋られるとびっくりする。
でもいつもの調子が戻ってきたみたいだ。よかった。

その後、すぐに宇宙と繋がる石碑が見つかった。
無事に切り離し終わり、自称マッドサイエンティストの元へ向かう。

「よくやってくれた!!!ボクも彼女の動きを止められたよ!!!さあ、最後に、彼女を回収しようか!!!」

もうすぐ決着がつくのか。
ホッとするような、不安なような。
「油断は禁物だよ!!!」

気を引き締め直して、宇宙を吸収する存在の元へと急ぐ。
「……いたぞ。あれがキミたちの宇宙を吸収した彼女だ。」
「ここはボクに任せたまえ。」
 
「……やぁ!久しぶりだね!調子はどうだい?」
「……貴方は私に嘘をついた。許すことはできないわ。それに、私が呑み込んだ宇宙まで奪った。どうしてそんなことをするの?」

「どうして、って……。この宇宙はキミのものではない!それにそもそも、ボクはキミの敵じゃないよ!」
「そうやってまた私を油断させるつもりなんでしょう?」

その直後、あいつは固まったかのように動かなくなった。何かが起こったに違いない。
「貴方も私の言う通りになって頂戴?」

「……すまない。」
小さな声で呟いたあと、こう続けた。
「ボクはここまでみたいだ。彼女の言いなりになる前に、キミの手でボクを葬ってくれないかい?」

こっちを向きもせずに、震える声で。
なんで、こんなことに……?
自分はあんたの後ろ姿を見つめることしかできなかった。
あんたの顔の縁から、雫が溢れた気がした。

……もしかしたら、「彼女」を止めたらどうにかなるんじゃないか?何か、なにかできることは?

……この銃についているロープで縛ればやつの動きを止められるかもしれない!とにかくやるしかない!
……それも虚しく、ロープはあっという間に解けてしまった。

「何やってる……?早く逃げたまえよ……。」
自分にできることなんて、何もなかった。

……だが今できることはひとつ。
逃げることだけだ。
自分はあんたを担いで逃げた。意外と重いな……。

……。
なんとか戻れた。
おい、戻れたぞ!

「……。」
反応がない。
おい、どうしたんだよ!桜餅、食べないのか?
「……。」

そのあと、色々試しているうちに、何日も経った。
でもあんたは動かない。
どうしたんだよ。なんで、なんで動かないんだよ。

あんたの端末が鳴っているのが聞こえたが、自分にはそれを確認する余裕すらなかった。

自分があの空間に勝手に行ったからあんなことになったのか?自分がもっと強ければあんたを守れたのか?

こんな静かな暮らし、すごく寂しいよ……。
自分はただただ自分の涙の雫が落ちていくのを見ることしか出来なかった。

4/22/2024, 11:09:04 AM