古い下町の、隅の方。そこに、彼の店がある。
こじんまりとした、小さな菓子屋。色とりどりのケーキやマカロンが詰まったショーケースに、カップに詰め込まれたアイスの入った冷凍庫。子供の夢の権化であり、大人でも惹かれてしまうような、アンティーク調で落ち着いた店内。趣味もよく、味もよく、そしておまけに店主の人柄もいいそこは俺の行きつけだった。
今日もいつも通り、週末の金曜日にドアを開けると、何やらカウンターで頭を抱える彼の姿があった。
「……何してんの?」
軽くコートに付いた雪を払って問うと、目元にクマを作った彼が力無く笑った。
「……冬の新作が何も思いつかなくて……」
なるほど。それは死活問題である。菓子屋にとって期間限定メニューは、大きな稼ぎどころでもある。それが思いつかないとなると、相当焦るだろう。
「ん〜……ずっと考えててもアレだしさ、息抜きしよーぜ。」
何気なしに彼を誘う。半分くらいは単純に遊びたいだけなのだが、それらしい理由を取ってつけて誘った。
行き詰まった彼は、案外すんなりと頷いてくれた。ずっと店で考えていてもいいアイデアは浮かんでこないと悟っているらしい。
そうして翌日、土曜日。本来は店を開ける予定だったのを急遽変更してもらって、俺達は一日中遊び歩いた。水族館、遊園地、夜にはイルミネーションを見に行った。おおよそいい年した男二人が行く場所ではないが、彼の顔が少しは晴れたので良しとしよう。
そうして、2人で駅まで戻っていた時だった。ふと空を見上げた彼の目に、ぱちぱちと爆ぜる光を俺は見た。
「……思いついた。」
静かに呟く彼の頭の中は、きっともう新しい菓子の案でいっぱいだろう。何かを考え込んだまま立ち止まる彼を、苦笑いして引きずっていった。
翌週。いつも通り店を訪れると、でかでかと新作の文字が張り出された菓子がいくつかあった。その中でも特に推されていたのが、冷凍庫の中の小さなカップアイス。アイスクリームというより氷菓に近いそれは、仄かに透き通る紺色をしていた。混ぜ込まれたアラザンが小さな光を反射し、それはまるで星空のようだった。新作を一通り見て回れば、半透明の、透き通った星空を模したものばかりだ。
「おいおい、真冬にアイスかよ?冬にこんな透き通る色は売れなくないか?」
彼はへらりと笑って答えた。
「……まぁ、売れないかもしれないけど……それでもいいや。」
あの日君と見た星空が綺麗だったから、どうしても。なんて小っ恥ずかしいセリフを堂々と吐く彼を肘でつつきながら、新作を全部一つずつ買って帰る。
レジに並んだ客の列には、それなりに新作の紺が並んでいた。
テーマ:凍てつく星空
12/2/2025, 8:01:48 AM