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『風に身をまかせ』


それは虚無に近い。

突き刺した刃が愛した者の体を貫き、さようならの挨拶をする前に彼は青白い炎に包まれてこの世から去った。最後の戦いの爪痕を色濃く残しながら、ダランと下げた手から地面に落ちる愛刀。膝から力が抜けるようにその場に倒れて意識を失ってからは目覚めるまでの間に何もかもが変わっていた。

町の復興に力を入れる役人や、褒美は何がいいと聞いてくるこの国の王の他、救ってくれてありがとうと声を上げる人間達。やがてその賑わいも也を潜め元の日常に戻った時、呆気ないと思った。

それからは、英雄等と呼ばれたがその名前は好きではなかった。彼を葬った手のひらを見つめてから真っ青な空を見上げる。伸ばした黒い髪と緩く羽織った羽織が風に揺れ静かに目を閉じた。


あの戦いから数年。
町から離れた山の中の小さな小屋の中で布団に包まる私は病を患っていた。きっと、今まで無茶して来たツケがやってきたのだろう。軋む体に既に体は1人で動かす事は出来ず、かつての仲間が面倒を見てくれているが、数日前の土砂崩れでここまで来る道が塞がれた筈だ。物凄い音がしていたから。

もって後数日と言った所か。
自分の命の長さを考えながら頭に浮かんだ「ようやく」の文字。そっと目を開けて視線を動かした。

「…何故、真実を話さなかったか……とか、そんな事はもう聞かないさ。きっとあの選択しかなかったし、お前もそうした筈だ。」
『……もっと、俺の事を嫌ってると思ってたが、思ったより好かれているようだな。』
「千年、共にいれば嫌い以外の感情だって芽生えるさ……」

私の紫の瞳は何も映さない。
それでも確かにそこに彼は居るし、こうして言葉だって交わしている。
『そうだったな、千年か。長い様であっという間だったな。』
「…………王は、お前の体を何としてでも手に入れようとしていた。そして、私の体も……純血の鬼はもう、私で最期だから、今頃必死にここまで来ようとしている筈だ。でも、私は王にこの身を捧げる事はしない。」
『世が世なら、俺はあんたを娶ってたよ。気高く美しいお前を。』

自然と流れる涙。少しだけ口元を緩めて「ふっ、お前様からそんな事言われるとは思わなかったよ。」と言った後最期の力を振り絞るように彼の頬目掛けて手を伸ばすが、届く事無く布団に落ちる間際、優しく包まれて「お前様の元へ今から行くよ」と笑った。

小屋ごと包む様に大きな炎が上がり小屋の中にいた2人は抱きしめ合いながら口付けを交わす。一層大きく上がった炎はまるで天に昇る様に舞い上がるとそのまま跡形もなく消えていった。まるで自分の存在を消し去るかのように。






「そこの娘さん、良ければこの先の茶屋で一杯どうだい?」
「怖い者知らずな男が居たもんだ。お前、私の事知らないのか?」
「……なんだ?偉い人間だったのか?でもまぁ、そんな事関係ないね。俺が娘さんに興味を持ってお茶に誘った。それ以上でも以下でもねぇよ。」
「……ふ、随分な変わり者だ。」
大きな大きな桜の木の下、純血の鬼の姫君は同種の男の手を取って立ち上がった。ゆっくりと前に進む2人を阻む物は何もない。

風が吹いて桜の花びらが散ったとしても、それを悲しむ事はもうしない。
風に身を任せ、2人は何処までも何処までも連れ添ってあるいていった。


5/14/2024, 4:49:50 PM