郡司

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理想のあなた…?
理想の個人とは、「純度の高い在り方」なのかな、と思う。
然るに、自分自身の内側を啓いて「自分自身である」のを現実のなかに顕すが最上にして最高。周りの人も地域も、ひいては世界も、その恩恵を受ける。それができるのは各個人、その人自身だけだ。

…ってところで何故「あなた」?

私が誰かに「理想のあなた」などと言われたら、まずその意味するところは何かを問うだろう。何を言いたいのかを。コノオダイ、イミワカラナイヨ。

もし、「私が理想とするあなたはね…」なんて始まれば、“はい、あーんして”と何か大きめおやつを頬張らせて、とっとと逃げる。他人からの「形の押し付け」なんて、呪い以外の何物でもないからだ。

「理想像への夢」が暴走している人間の認識齟齬は、ときに恐ろしい。私は昔、所謂“アラサー女子”に追いかけられたことがある。私が男性に見えたそうだ。…落ち着いたほうが、良い御縁を結べますよ。一見、誰もが同じものを同じように見ているようでいて、実は人それぞれ何がどう見えているかは皆違う。でもそれで良いのだ、多分。

理想が湧くのは、それが実際にちゃんと在るからだ。「こんなふうになりたい」と思うのは、「こんなふう」が自分自身の中に資質として既にあるものだ。本当に無いなら、そこに共鳴して引きつけられることも無い。これは確かなことだ。両手に根気を、心に辛抱強さを持って、輝くタネが芽吹くのを目指す道行きの姿が既に、理想を表現している。

そう思う。

5/20/2024, 11:19:04 AM