ほたてのむくろ

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後悔

「お前が、笑うな!!」

 風は冷たかったし、この曇天じゃ星のひとつも見えやしなかった。そんな、バッドエンドにはお誂え向きの空の下で、伊波は笑っていた。

「泣くなら泣けよ」

 本当に、訳がわからないと思っていた。この際全部言ってやる気で、小柳は口を開く。

「なんで、笑うんだよ」

 しかし、出てきた言葉はその一割だって音には乗せてくれやしない。そんなものだとわかっていても、こんな時に、少しくらいの例外が許されたっていいじゃないかと思った。
 気分は最悪だった。拳を叩きつけたい衝動を堪えて、視線だけは依然、伊波を捉えていた。

「こやが、泣くの」

 伊波は笑っていた。

「いいんだ、お前が泣くなら俺が笑うし、逆ならまた逆なだけ。全部俺が持ってくから、だから、お前は」

 伊波の言葉は、最後まで続かなかった。

「そんなの」

 他でもない、小柳が遮ったからだ。
 小柳はポロポロ泣いていた。駄々をこねる子供みたいに、それはもう格好なんてつきやしなかった。

「お前ならいいんだよ」

 小柳は叫ぶ。

「きっとお前が成長して、老いて、俺よりも先に死んで! そうなるもんだと思ってんだ」

 こんなに叫んだって、一歩が恐ろしかった。
 もう直ぐ目の前なのに、一歩を踏み出すのが、その手を取るのが怖くて仕方がない。触れた手を振り払われるのが、寂しくて虚しくて、どうしようもなく嫌で仕方がない。
 しかし、今行かなければならなかった。そうでなければ小柳は、きっとこの日を生涯悔やむだろうことが易々と想像できたのだ。

「ここにいてくれ、伊波」

 ひとつだって興味がない風な顔をしていた。しかしその瞳が僅かに揺れたのを小柳は見逃さなかった。

5/15/2026, 5:20:43 PM