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♯bye bye…


 陽が落ち、辺りは薄闇に包まれていた。
 私はひと気のない道を小走りに走る。
 この頃、物騒な事件が増えた。息子の身に何もなければいいが――。
 ハアハアと息を弾ませながら公園に踏みこむ。
 すぐに息子は見つかった。小さな手をせっせと動かして、砂山を作っている。
 安堵して息子を呼ぼうとした次の瞬間、私の喉は凍りついた。
 ヘドロのようなぬめりを帯びたまっくろな塊が、息子のそばで蠢いていた。目も鼻も口も見当たらない。なのに、息をひそめてこちらを凝視している――私はそんな錯覚に駆られる。何かの腐った臭いがむっと鼻をついた。
 しかし。
「ぇ――?」
 瞬きをする合間に『それ』は消えていた。
 私は困惑して立ちすくむ。
「……おかあさん?」
 打たれたように我に返る。息子がきょとんとした顔で立っていた。私は幻覚を頭から振り払い、息子に駆け寄る。
「心配したじゃない、どうしてお友達と一緒に帰ってこなかったの?」
 つい咎めるような口調になる。友達の母親に聞くと、息子は「まだもうちょっといる」と言って、ひとり残ったらしい。
 息子は押し黙っている。気まずげに砂山を――いや、黒い塊があったところを見つめていた。
 私はすぅっと背筋が寒くなるのを感じた。急速に干上がっていく喉をごくりと鳴らし、急いで息子の手を取る。
 ただの気のせいよ、きっと。
「ほら、早く帰ろ」
「うん……」
 砂でざらついた息子の手は、ゾッとするほど冷たかった。
 歩きだそうとしたとき、ふいに息子が後ろを振り返る。それから小さく手を振った。
「……またね」

3/23/2025, 2:54:42 AM