いろ

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【何もいらない】

「ねえ、キミの願いを教えてよ」
 朽ちかけた賽銭箱の上に腰掛けた君は、そう問いながら柔らかく瞳を細めた。真っ白な長い髪、真っ白な着物。白ばかりに埋め尽くされた君の姿の中でたった一つ、色彩鮮やかに輝く柘榴色の瞳が、じっと私を見つめていた。
「願いなんてないよ」
 パーカーのポケットに両手を突っ込んで、私はそっけなく君に応じる。そうすれば君は、ひどく困ったように眉を下げた。
「宝くじが当たりますようにとか、長生きできますようにとか、何だって良いんだよ? オレ、全力で叶えるから」
 鬱蒼と茂る森の木の葉が、ざわざわと揺れる。古びて壊れかけた社の扉が、風に煽られて軋んだ音を立てた。
 人々から忘れ去られ、敬愛も願いも何一つとして捧げられなくなった『神様』は、ひとりきり寂しく消えていく日を待つばかり。
「別に。そんなの欲しくないし」
 両親は仕事人間で、学校でも浮いていて。居場所なんて何処にもなかった私の話し相手になってくれたのは、そんな『神様』だけだった。威厳も何もない、私の持ち込むお菓子やテレビゲームに目を輝かせる、世俗にどっぷりと染まりきった神様は、私のただ一人の友達だった。
 きっとこのひとは、もうじき本当に消えてしまうのだ。だから力なんてもうほとんど残っていないクセに、最後の力を振り絞って、私の願いを叶えるなんて言い出した。
「いらないよ、何にも」
 吐き捨てるように告げて、そっと君の手に触れる。いつのまにか温度のなくなった、氷のように冷たい君の指を、ただそっと握りしめた。

(だから少しでも、君と長く一緒にいさせてよ)

4/20/2023, 1:04:40 PM