夜に缶ビールとつまみを用意し、ただ細々と飲み食いを続ける男は特にこれといった友人も居なく、歳のせいかテレビすらも煩くて聞いていられない。窓から夜風が侵入してひとつまみ分の少年心を燻れば、なぜ自身がここまで草臥れてしまったのかすら分からないふりをし、酒で誤魔化す。
もし戻れたらのなら、何からやり直せばいいのか。いや、産まれ直しが必要なのかもしれない。
両親の自慢の息子などとは肩書きばかりで、今は酒浸りな自分自身に罪悪感を感じた男は、またもや酒で誤魔化している。そのとき、スマホのバイブ音が鳴った。
『ほら、この写真を覚えている?』
母から短い文章と共に添付されて来たのは、母と幼き自分が車窓から見える海に興奮してる様子だった。
『お父さん、いつも写真を撮って全然自分は映らないんだから、本当にお父さんの写真が見つからなくて大変!でも、いっぱい思い出を残してくれたお父さんに感謝しないとね』
すると、次に添付された写真には父が赤子を抱いている写真だった。父の顔はとても穏やかだった。
『母さん、お盆に帰るよ。』
『お父さんもきっと喜ぶわ。待ってるね。』
スマホを閉じれば、男は酒でまた誤魔化す。何を誤魔化しているのかは、当人すらも分からない。ただただ無性に悲しく、虚しさで胸が詰まっているのだろう。夜風が頭を撫でた。
もし戻れたら僕は一体何をする?
男は記憶を引っ張り出す。いつもキツく閉じられた瓶は、今日はすんなり開いてしまった。
もしあのとき、
あのときも、
あんなときでも、
いや、このときで、
溢れ出る未熟さと無知な自分の姿で胸が切り開かれていく。酒を手探りで見つければ、また誤魔化した。しかし、走馬灯は続く。
そういえば、なんで僕はあんなだったんだ。
一つの疑問が頭に過った。
そういえば、
そして、
ああするしか、
あれが、
溢れ出る未熟さと無知な自分が全力で悩んで、失敗して立ち上がろうとしては転けてしまう姿が脳裏に浮かんだ。その姿の後ろでは、両親も一緒に悩みながらも前に進む姿があった。いつしか、父は止まり、先に進む2人に手を振って居る。ほんのり言い訳じみた空想を男は、否定しなかった。過去へ行ってもきっと同じことをするだろうと分かっていたからだ。
「僕は馬鹿だな」
そんな小さな呟きは、まるで過去の自分に言っているかのようだった。
「僕は僕でしかないんだろうな」
失敗した、恥をかいた、傲慢だった世界線での自分を無くすことは出来ない。たとえ、過去を変えても戻るべき世界線はここなのだろう。映画のように未来が変わるなんてことは無いのだ。僕の居場所は、必然的に否応なくここだ。ここなのだ。
男は最後の一口を飲み干し、夜風が空き缶を吹き飛ばした。タイムマシーンに男は乗ることは無いだろう。
1/23/2024, 2:00:43 AM