きっと明日も
きっと明日も良い朝になるわ、というのが同居人の「いってきます」と「おやすみなさい」に代わる言葉である。夜職の彼女は、夕方に出て行って早朝に帰ってくる。会社員の私とは真逆の生活をしているのだ。
私たちが会うのは朝と夕方の少しの間。彼女が一時的に起き出してきた時と、私の帰宅――つまり彼女の出勤時だ。私がすっかり部屋着に着替えたあたりで、美しく着飾った彼女は家を出て行く。その時に必ず、「きっと明日も良い朝になるわ」と言うのだ。
それがある種のおまじないだということは、いつだったかの朝に彼女自身が教えてくれたことだった。ちゃんと家に帰れますように、私と「良い朝」を迎えられますように、そしてまた「良い朝」を迎えるための約束が出来ますように。とろとろと落ちかける瞼を開けながら、彼女は私が作ったフレンチトーストを頬張っていた。
濃いめだが美しいメイク、輝かしいドレス、高いヒール。ブランド物らしいバッグと、それを持つ手の爪にきらきらとした付け爪。玄関にある姿見の前でくるりと回ると、出発の儀式はおおかた終わる。
「きっと明日も、良い朝になるわ」
にこりとして彼女が言う。
「そうね、そうだといいね」
私は頷きながら、彼女の背中に投げかける。これもある種のおまじないだ。きっと明日もまた、彼女を労るための良い朝が訪れますように。そして私が、一人の夜を無事に乗り越えられますように。
10/1/2022, 8:28:41 AM