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「空を見上げて心に浮かんだこと」

目の前に婚姻届がある。「結婚しよう」と言ったものの、いざ現実となると決めなければならないことがたくさんある。姓は?本籍は?どこに住む?家族への挨拶は?

知りたくないことも知ることになる。彼は離婚した妻との間に子どもが一人いること、養育費を支払っていることがわかった。仕事は私でも名前を知ってる商社で部長をしているそうだ。急に結婚することが怖くなった。住む世界が違う。

「怖くなった?」
「うん。あの頃とは違うんだね」

まだ何者でもないくせに、未来は明るいと何の根拠もなく思っていた。狭いアパートで冷房もなく汗だくで抱き合っていた二人。私が一足先に卒業して働き始めた。ハイヒールで百貨店の店頭に立った。

すれ違い、関係が壊れるのに時間はかからなかった。あなたの卒業を待たず別れてしまった。

「あの店でバイトしたのは君がいたからなんだ『スマイルください』って言ったら、とびきりのスマイルをくれた。何で別れちゃったんだろう。後悔してた」

それは私も同じ。何人かと付き合ってプロポーズもされたけど、何かが決定的に足りない。そのうち誰からも相手にされず、誰も好きにならず、一人で生きると覚悟を決めた。ずいぶん遠回りをしたのにまだ迷うの?

さらさらと署名をするあなた。そうだね、迷ってる場合じゃない。もう後悔はしない。

「君の姓を名乗りたい」

「だめだよ。仕事に支障が出るでしょう。私は何の影響もないから、あなたの姓にして」

「影響があるからいいんだよ。その影響を楽しみたいんだ。結婚したって喜びを隠さなくていいし」

「ご両親は納得しないでしょう?」

「二人とも亡くなった。反対する人はいない。君を待っている間、空を見ながら考えていたんだ。退院して職場に復帰して結婚を報告する。これからは『宗像』と呼んでくれとみんなに言うんだ。愉快だろ?」

「愉快って…」

そうだった。そういう人だった。どんな状況でも楽しむ人。大変なときこそ明るくいる人。うん、もう迷わない。少しずつ決めていけばいい。一番大切なことはもう決めたのだから。

7/17/2024, 6:36:38 AM