排水溝に何かいる。見た目にはぬるぬるとした質感で、例えるなら無脊椎動物と言ったらよいのか、或いは原虫のような、ぞっとしない何物かであった。
何故、わたしの浴室にこんな気味の悪い物体が沸然と現れたのか。
心当りと言えば、ないではなかった。わたしはその気味の悪い――“我が子”を摑み上げると、慎重に大口の硝子瓶へと容れてやった。透明な瓶の中でわたしの子供はまだ不完全な顔でわたしの方を見つめている気がした。
翌る日、わたしは早々と外出し、大きな水槽を買ってきた。この子が何を好むか分からなかったが、それからというもの、思い付く限りのものを与えてやった。彼もしくは彼女(或いはそれ以外)は小さな触手のようなものを伸ばし、フシュフシュと呼気(なのだろうか?)を洩らしながら、差し出された物を撫で回す。見ていて気持ちのよいものではなかったが、少なくともわたしにはそれでも可愛く思えたのだ。それに彼もこの快適な空間を楽園のように思ってくれたはずだ。
彼は、やはり生まれたばかりだからだろう、ミルクと離乳食を好んで食べた。ボーロに纏わりつくようにして吸収していく様などは、おぞましいとしか形容のしようがなかったが、少しずつ大きくなる我が子の成長は何であれ愛らしいものだ。
或る日のことだった。彼は生まれたままの姿で随分と大きくなり、ややもすると水槽から脱け出して、家の中を徘徊するようになった。わたしは、その度ごとに薄気味悪くも思いつつ、優しく諭すように声を掛けながら彼を持ち上げると水槽へ運んでやったものだ。しかし、今度は違った。彼に手を伸ばそうとした時だった。彼の未発達な口でわたしは噛まれたのだ。子の発達に反抗期は付き物だとは言え、わたしは驚きを隠すことが出来なかった。わたしが手の傷を押さえていると、彼は滴り落ちた血をさも旨そうに啜っていた。ピチャピチャという忌まわしい音が脳裡に焼き付いて離れなかった。
夜が更けた頃、わたしは恐怖と驚きと、或いは悲哀の入り雑じった感情を癒し切れず、ベッドの中で煩悶していた。すると、どうだろう、寝室の扉が開く音がした。彼が来たのだった――あの狂わしい音を立てながら。謝りに来たのだろうか?それとも“おかわり”だろうか?わたしは寝間着のまま家を飛び出した。
あれからというもの、わたしは親戚を頼り、あの家には帰らずにいる。もちろん、何があったのかは告げていない。或る日、わたしは自らの恐怖と向かい合うべく、試みにわたしに宛てて――というのはつまり、あの家の住所に宛てて、書留郵便を出した。
わたしの出した手紙は誰かがしっかりと受け取ったようだった。
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楽園
4/30/2023, 11:35:47 PM