猫眠ことり

Open App

ぬるい炭酸と無口な君

 からん、と音がして最後の氷の山が崩れた。めいっぱいに開け放した窓からはぬるい風が吹き込んでくる。日中の暑さに負けたセミ達は何の音も立てず、カーテンが揺れる音とページ送りの音が時折響くだけだった。
「うわぁ」
ふと、向かいに寝そべっていた君が声を出した。
「どうした」
手元の本から向こうに視線を向ければ、ちょっと見てよと言いたげに君がグラスをつまみ上げていた。
「わぁ大洪水」
「さいあく」
宙に浮いたグラスの底からぱたぱたと雫が滴り落ちて、床に水溜まりを作っていく。
ぽたぽた、雫を手で受け止めながら君はそのまま中の液体に口をつけた。
「だめだ」
「薄い?」
「ん」
飲んでみろ、ということらしい。絶対に美味しくないだろと思いつつ少し温度の上がった液体を嚥下する。
「…マズ」
「ふふ」
ぱちぱちと弾ける感触も凛とした冷たさも失われた、ただの甘い液体が喉を通り抜ける。氷が解けたせいで容量だけが増えたそれは、そういえば3時間くらい前に作ったものだ。
「新しいのいれる?」
こくん、と君が頷くのを見て本に適当な紙を挟んで立ち上がる。
「次は珈琲にしようか」
僕の言葉にぱっと君の顔が明るくなって、この提案に乗り気なことが伺える。ふわりと苦い香りが部屋に広がっていく。同じ空間で本を読もう。そんなことを言い出した君のリクエストは気づけば後半戦だ。2杯の珈琲が冷気をまとってお互いのそばに鎮座する。
僕たちの午後はもう少し続いていく。

8/3/2025, 11:48:33 AM