夏の魔法使い

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『靴は二足 小人も二人 靴屋は一人』

私は、靴屋をやっている。昔は人気だったんだが、今はもう生活はカツカツだ。もう、靴一足分の皮しかない。この皮を使って靴を作ったらお店を閉じてもいいな、そんなことを考えた。実のことをいうと、私は靴作りが好きじゃない。
 祖父の代から続く、靴屋を残したい。これが親父と母の口癖だった。継ぐつもりはなかったが、ものづくりが好きな妹がいい人を見つけてなんとかしてくれるだろうと思ってた。でも、妹は九つで病気によって死んだ。両親は悲しんだ。しかしそれは、娘がなくなったことからくる悲しさではなく、有力な後継ぎがいなくなったことからくるものだった。妹の葬式を適当に済ませ、私に靴作りを教え始めた。靴作りは楽しくもなかったが、将来の夢なんかなかったから、抵抗もしなかった。二十歳になって、本格的に仕事が始まった。ただただ、毎日靴を作るだけ。娯楽とかにも出会わず、趣味も見つからなかった。仕事をしない日は、見合いをさせられた。恋愛フラグが立ったらへし折ってやったけど。四十一歳のとき、親父が死んだ。母がいたから、涙を流した。四十五歳で、母が死んだ。誰もいないから泣かない。 靴作りをやめようか考えたが、靴屋はそこそこ人気だし、何より私は靴作り以外何もできない。今からこのおっさんが、第二の人生を楽しめる理由がない。作業机に向かった。縛られるものがないのに楽しくもないことをする。これがどんなにつまらないか、想像は容易いだろう。無気力な生活を二十五年くらい続けている。 …映像が今の私になったところで起きた。どうやら途中で寝てしまったようだ。眠い。この靴の皮を切ったら寝よう。お休み。
年だから、夜中に目が覚める。作業机の明かりがついている。机の上では、二匹の小さな男女がいた。二匹は、歌いながら踊りながら靴を作っている。靴が完成したら、どこから取り出したのかギターを弾いたり、話をしていたりする。二匹でクスクス笑う姿を羨ましく思った。
自分の人生はつまらない人生だなあ。やりたくないことを何十年もやって。やめたり、逃げるタイミングはいつでもあった。それなのに私は靴作りをしてた。もしかして、愛着があったのかな。つまらないことでも、好きっていう感情は生まれるのかな。何だよ、何だよ。よくわからない気持ちが涙で溶ける。つまらないのに…

8/5/2024, 8:58:36 AM