NoName

Open App

この世界は


「こんにちは!ストーカーさん!」

黒いフードを被った男は幼児の目線に合わせて膝をつく

普通と呼ぶには少し歪で

これが彼女の毎日の日課だった



「夕陽、行ってきます」

「いい子にして待ってるんだぞ」

「…うん!」

この声を聞いたのはいつだっただろうか

両親は共働きでいつも忙しい

だからお金だけを置いて、私はいつも自分で買う

毎日自分でご飯を作って、お風呂を沸かして自分の敷いた布団で寝る

でも悲しくはなかった

だって私の誕生日には大きなホールケーキを持ちながらお父さんとお母さんが必ず帰ってきて笑顔で出迎えてくれるから

だから学校でのお勉強もずっとずっと頑張った

だって、頑張ったらお父さんとお母さんが帰ってくるから




少女は人の感情を読み取る能力に長けていた

「サナちゃん!パン食べたいでしょ?私の食べていいよ!」

「お腹痛いね。せんせに言ってくるね」

「ハナ人形のおもちゃ!欲しいよね!一緒にあそぼ!」

彼女はサナちゃんが大好きだった

でも“好き”は行きすぎると段々と形を変え

「昨日ね!サナちゃんの好きなお花___」

「なんで分かるの…気持ち悪いよ」

異常になった




「(みんな、私が変みたいに言う…わたしはみんなのこと大好きなのに……)」

でも、お父さんとお母さんはわたしのことが大好き

だって今日は誕生日だから!

玄関のドアを開けてランドセルをベッドに投げる

少女はキッチンに立ち、夕食を用意する

小さな手からは想像ができないほど傷ができており、しかし料理をしている彼女からは幸せを感じ取れた

「まだかなぁ……!」

「お仕事忙しいのかな…」

「…ご飯冷めちゃった。でもあとちょっと!」

「帰ってくるよね…何かあったのかなぁ…」

「ぱぱ……まま…」

「………」

いくら待てども両親の姿は見えない

お父さんとお母さんはいつまで待っても帰ってこなかった

初めての日

何かが壊れた音が聞こえた






「(学校もつまんない…おかあさんも、おとうさんも帰ってこない…)」

暫く経って、よく公園に訪れるようになった

ベンチで足をぶらぶらと揺らす

ほんの少し前までは横には友達がいて

家に帰ると両親がいた

ずっとあると思っていた安心感

「悲しい」というよりも

「つまらない」気持ちが濃くなる

だが、私に変えられる力などどこにもないのだ

昔のことが、両親が、友達が羨ましく思う

「(こんな時______)」

夕陽を遮って、大きな影が映った

思わず視線を上を向けると、どうやら先ほどの大きな影は男のものらしく、フードを被っているせいか夕方の今でも顔が全く見えない

「誰…ですか」

「君の……ストーカー」

その男は俯きながらそう言った

「、ストーカーさん」

「私…」

「要らない子…なのかな…」

見ず知らずの男に抱きつき、懇願する

ストーカーだと言う怪しい男の服を強く握りしめて抱きしめた

話を聞いてもらえたなら、誰でもよかった

だから黒いフードの男を見つければ嬉しそうに声を上げ、なりふり構わずその元へ駆けて行った

時が経つといつしかストーカーさんと話す事

それだけが私の世界だけの楽しみになっていった





ストーカーさんはあんまり喋らない

というか喋るのが好きじゃないみたい

日が経つにつれて一緒に過ごしているとストーカーさんの気持ちはいつも手に取るようにわかった

悲しい時は一緒に居るし、嬉しい時はストーカーさんの代わりにたくさん笑う

互いが、1人の自分を慰めたかっただけなのかもしれない

でも、嘘でもなんでも良かった

互いが必要とし必要とされる関係

それは側から歪で異常な光景だった



家に帰る途中、フードを深く被った男が1人で座っているのを見つける

「横、座るね」

ベンチの横にちょこんと座る

「よしよし」

男よりも小さな手でわしゃわしゃと頭を優しく撫でた

「かなしいねぇ……辛いよね…もういなくなっちゃいたいって思うよね…」

「でも大丈夫」

「あのね、すきなの」

「私はストーカーさんのことが好き」

「私だけはストーカーさんは必要だよ。大好きなんだよ。」

「ストーカーさんは、私のこと…好き?」

深くフードを被り、コクンと頷く

男の頭に手を置きながら自分を褒めてくれる彼女のことを無視出来ずにいる

駄目だと分かっていながらも心の底では心地が良いと感じていた

本来は入りっこないはずの胸の奥底にの場所に水が入るように満たされていく

「ふふふ」

「2人で…どこか遠くに行きたいね」

「ずーっとずーっと遠ーい」

「誰も私達の事を知らない場所に」

「………」

男は何も言わなかった

今日は、下から覗き込んだストーカーさんの顔が少し暗く見えた。




そして日が傾き始めた頃、その生活は終わりを告げた。

家に帰ると家の鍵が空いていた。

中に入ると盛大なクラッカー音と共に視界を開ける

すると私の大好きなものがあった

「お父さん……?!」

「おかえり、太陽」

「お帰りなさい」

「おかあさん……!!」

「好き…!好きだよ!」

真っ直ぐ私に抱きつき、小さな身体を2人が包み込む

ずっと玄関で待っていたらしく、冬のせいか久々に触れた父と母の手は冷たかった

何ヶ月ぶりかもわからない家族との再会

少女には憎いという感情は無かった

ただただ自分を見捨てていなかったという「好き」があること

そのことが嬉しかった

「今までごめんな……1人にして」

「本当にごめんなさい…でもこれらはずっと一緒よ」

ずっと待っていた暖かい愛をただ受け止める

その声は、綿のように軽くて少しの風で飛んでしまいそうなほど微かに聞こえた

「ずっと…?ほんと…?!」

「あぁ…父さんと母さんはな、自宅でお仕事ができるようになったんだ。だから朝から寝るまでずーーっと一緒だぞ?」

「やった!やったぁ!」

うさぎのようにピョンピョンと跳ねて、彼女の幸福度は頂点に達していた

すると、玄関のチャイムが鳴る

「あっ…チャイムだ!私、出てくるね!」

ドアを開けるとひやりとした風が頬を撫でると同時に見慣れた格好の男が目に入った

ドアを開けると夜の冷たい風が頬をよぎる

上を見上げると見慣れた姿があって

遠くで走る電車の音と共に私はストーカーさんの懐へ引っ張られた

男は奥に居る両親たちを死んだような正気のない瞳で見つめる

「誰だっ……お前…」

「ストーカーさん!あのっ、あのねっ!!」

今の喜びを伝えようとストーカーさんの裾を握る

ストーカー、という言葉を聞いて父親の顔が更に曇っていた

「太陽から離れろ!!」

そう言ったと同時だった

片方の耳を塞がれ、2発の酷い銃声音が響き渡る

「……?」

ドサリと重たい何かが倒れた

なんだ、と目を動かす暇もなく、男は玄関に倒れた両親を通り過ぎてキッチンの奥にあるクローゼットの中を漁っている

時折チリンと音がするのはお金の音だったらしい




私は、目の前の父と母の姿に目を離せずにいた

私の視界には二つの血溜まりが見えて父親は胸を、母親は頭を打たれている

酷く脈を打って、血が地面に溺れて、今にも溢れ出しそうな___

何が起こったのかわからないまま酷く匂う部屋の中

2人の倒れた姿を見た瞬間、何かが動く音が聞こえた

巻かれていた時計の針が動き出す

__の置いた___を震えながら___、私は___

小さな部屋から3発の銃声の音が鳴った






5月7日午前5時7分、高王市竹田区。

近隣住民から銃声音がするとの通報があり、胸や頭部などから血を流し、倒れている三名の死体が見つかった。

被害者の日下部那次郎氏と日下部由鶴、銃撃犯の男とその子供が血塗れのまま壁掛け時計を持ったまま抱き合っている所を警察が発見し、保護した。

時計は本来の時間とは合っておらず、推測される死亡時刻は約4時29分頃。
日下部那次郎氏と日下部由鶴 には2発、男には1発の弾丸が正確に撃たれており、男の明確な意思を持った無差別殺人事件と扱われている。

しかし、銃には子供の指紋がついており、一部では男を撃ったのだろうと言われているが、何も証言がない事から一時期ネットで有名になり、謎めいた点も多い事から「真相解明をしてくれ」との声が相次いだ。

1/22/2024, 1:56:39 PM