日夜子

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「ま〜たまた会いましょ〜〜♪」
 変な節をつけて歌うこのフレーズ。これが別れ際のおじいちゃんの決まり文句。

 子供のころ、毎年夏休みに訪れる母方の祖父母の家。祖父母が大好きだったし、とても楽しみにしていた。
 おじいちゃんは沢山遊んでくれた。近くの海へ釣りに、貝殻拾い、砂のお城作り。海水浴をして夜には花火。一週間ほどべったり遊んでもらって甘えてってすると、帰るときにきゅーっと寂しくなる。
「帰りたくないよぉ」
 そう言って幼い私は泣いてしまったっけ。
 周りの大人たちが困っているなか、おじいちゃんは唐突に歌い出した。

「ま〜たまた会いましょ〜〜♪」
「へんなうたぁ〜!」
 ケラケラと私が笑う。だからそれからおじいちゃんは、別れ際にはそんな自作の歌を歌うのだ。

 ……とはいえ、私も段々と大きくなる。すぐに別れ際に泣いたりすることはなくなる。それでもお決まりのように歌うおじいちゃんに対し、乾いた笑いを返すだけになってしまっていた。そのうちには「またかよ、もういいよー」と心の中でつっこんで、幼いころとは違う意味で別れ際が苦手になってしまった。
 高校生になれば夏休みに帰省することもなくなった。みんなそんなもんでしょ? 祖父母の家に行ったってやることないし、スマホ弄ってるだけ。
「学校は?」
「普通」
「大学行くの?」
「行ければ」
 なんてお決まりのやり取りをするくらいだもん。お正月に日帰りでお年玉貰いに行くくらいで丁度いい。

「ま〜たまた会いましょ〜〜♪」
 その年のお正月の別れ際も、やっぱりおじいちゃんはにこにこと歌った。
 お父さんの運転する車の後部座席に座り、ウィンドウを下げて「またねー!」と祖父母に手を振る。私のところへおじいちゃんが近づいて歌った。
 そんな小さい頃のやり取りをまだ繰り返すんだ。もう背丈だっておじいちゃんと同じくらいなのに。その時の私は若干イライラしていた。年末に彼氏と喧嘩して、思い切って送ったメッセージにも既読がつかないから。それで思わず言ってしまった。
「もう、それいいって!」
 思いのほか冷たい声に自分でも驚いた。
「あ、ごめ……」
「そうだよなぁ、もう小ちゃい子じゃないもんなぁ。でもまた会いたいなぁっていつも思うからさ」
 笑いながらおじいちゃんが車窓から離れると、車がゆっくりと走り始めた。おじいちゃんの姿が遠く小さくなっていった。


 きちんと謝れないままその年の夏、おじいちゃんが死んだ。
 死化粧を施されたおじいちゃんは穏やかな顔をしていたけど、もう歌うことはなかった。
 いつでも『また』があるわけじゃない。いつでも『会える』わけじゃない。
 大人になったつもりでいたけど、そんなことも分かっていなかった。私はまだまだ子供で、だからおじいちゃんに歌われても仕方なかったのだ。

「ま〜たまた会いましょ〜〜♪」
 今度は私が代わりに歌った。
 また会いにくるから。思い出のおじいちゃんに会いにくるから。
 幼い私を膝に乗せて体を揺らすおじいちゃん。手を繋いで沢山お散歩に連れて行ってくれたおじいちゃん。

 火葬炉の前でおじいちゃんと最後のお別れをする。
「お父さんっ……!」
 泣いているお母さんの肩をさすりながら、小さな声であのフレーズを歌ってみた。涙を堪えながらでは上手く歌えなかった。
 遺体が火葬炉へとおさめられていく。
 
「うぅ……うっ……」
 別れ際、やっぱり私は泣いていて、思い出の中のおじいちゃんはにこにこ笑っていた。



 #12 2023/11/13 『また会いましょう』

 

 

11/13/2023, 12:35:59 PM