じわりじわりと社会的な動物から、自分がかけ離れていくようだ。
それは、恐怖ではなく焦りに似ていた。
だから
人間で在るために、しがみついているのかもしれない。
彼の歌声に。
彼の歌声を初めて聴いたのは、定職に就けず、わずかな貯金と親の仕送りで何とか食いつないでいた時で、その日は当時にしては記録的な真夏日だった。
ただ足の爪を切る作業に集中することにすら、額に汗を浮き上がらせるほどに。
私は苦手な親指の爪の端に刃を食い込ませたまま、動きを止めた。
動悸がするほどの、叙情的な歌詞と、血を吐くようで、喉の血管が割けてしまうのではないかとぞっとするほどの声音だった。
この歌声は、この曲は、誰のものなのか。
あの日から、私は彼の虜になった。
妄執ともいえるだろう。
何者にもなれなかった私は、自傷の対価として聴力を失いかけていた。
私をこの世界に留めている唯一を喪いそうになって、私は自分の行いを悔いた。
妄執は盲愛に。
頭の中であの日の歌声が響く。
それは、私の存在が消滅するまで、忘れず、私と共にあり続ける。
#忘れられない、いつまでも
5/9/2024, 2:33:40 PM