すべてを受け入れたような酒井様の表情は穏やかで、ただその時が来るのを待っていた。
「願わくば、天下人となられた家康様のお姿をこの目に焼き付けたかった。もっと欲を言うならば、家康様と隠月殿のややを…」
「ふざけるな……!勝手に死ぬなんて許さない」
「その命令は聞けません」
柔らかく微笑んだ酒井様が、家康様にそっと手を伸ばす。
まるでいとし子に触れるかのように家康様の頭を優しく、優しく撫でた。
「あなたはもう大丈夫。決して、一人ではないのですから」
「……勝手なことばかり言いやがって……」
「ほほ……老いぼれとはそういうものです。…隠月殿、家康様のことをどうかよろしくお願いいたします」
「はい…」
酒井様は安心したように笑みを深め、もう一度家康様を見つめた。
「あなた様は前に進んでください。死にゆく者のために、立ち止まったりしてはいけませんよ」
「当たり前だろ」
「そう……それでいいのです…………」
「酒井様…っ」
「……」
障子越しに差し込む茜色の夕陽が、微笑みを浮かべたままの酒井様を照らし出す。
徳川に、家康様に一生を捧げた忠臣は、主に見守られながら畳の上で安らかに生涯を閉じた。
7/21/2023, 6:57:18 AM