“ここではないどこか”
一限なんか、入れるもんじゃない。
通勤ラッシュのピークタイムの電車の中で、俺はなんとか窓際を死守してため息をついた。
大学に入学してから早三日。今日が初めての一限がある日だが、すでにもう一限は全て捨ててしまおうかという気分になっている。ため息でじゃっかん曇ってしまった窓から外を眺めていると、隣のホームに電車が到着した。
鈍い銀色の車体に水色のラインが入ったその電車とは暫く並走するはずだ。思いの外近くをその電車が通るものだから、お互いの発車のタイミングによっては向かいに立ってる人とずっと目が合ってしまうんだろうかなんて考えているうちに向かいの電車はゆっくりと止まった。
向かいの電車が止まったと同時に今度はこちらの発車アナウンスが流れたので、向かいの人と目が合い続けて気まずくなることは避けられそうだ。駆け込みで乗り込んでくる人に押されて更に窓に張り付きながらもそこだけは少しほっとした。
「発車いたします。お掴まりください」
無機質な音声と共に扉が閉まり、電車がゆっくりと加速していく。他に見るものもなくただ窓の外を見ていた俺の目に一人の女の子の姿が映って、思わず声をあげてしまった。すぐにその姿は見えなくなっていったがその一瞬に彼女も俺を見て目を見開く様子が見えた。
見開いた気の強そうな猫目と、それを縁取る長いまつげと彼女の動揺を現すかのように揺れた横髪が、反射した太陽の光でやけにキラキラしている様な気がした。
あの目を、あのまつげをあの髪を、俺は知っていた。
18年の人生の中で彼女に会った覚えはない。他人に興味はないが、あんなに綺麗な顔を忘れられるわけがない。あの目と目が会った瞬間に18年間の人生とは別の記憶が蘇ってきたみたいだった。
ここではないどこか違う世界で、きっと俺と彼女は出会っているはずだ。
ゆっくりと減速していく車内で俺は拳を握りしめた。たしか、彼女が乗っている電車もこの駅に停まるはずだ。
大学の友人へ一限は休むとだけメッセージを送りながら人の波に乗って開いたドアから駅に降りた。きっと彼女もこの駅に降りたはずだ、という不思議な確信があった。
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6/27/2024, 12:42:55 PM