市立図書館は休館日だった。休館のスケジュールは知っていたので、今日は返却ポストに返しにいくだけのつもりだったけれど、図書館の入口で妙な光景を目にした。
入口に置かれている休館日の看板を、角度を変えてパシャリパシャリとスマホで撮っている女生徒がいた。遠目では制服以外の特徴が分からなかったけれど、近づいてみればなんと、同じクラスの新田さんだった。あまり話したことはないけれど、小中高と同じなので顔は覚えている。
返却ポストも入口の方にある。彼女の行動が終わるまで待とうか迷い、別に気にすることでもないかと構わず向かう。
近づいてくる足音に気づいたのだろう、新田さんはぱっと振り向いてこちらの存在を認識すると、同じクラスの人間だと気づいたのか、なんだか気恥しそうに会釈をしてどこかへと行ってしまった。
返却ポストへ一冊ずつ滑り込ませた後、ふと好奇心にかられて看板を見てみることにした。トランプタワーのような形の看板で、真ん中を支える骨組みを加えると、横から見た時にアルファベットのAに見える。裏面には何もなく、表に大きく休館日と書かれていて、左下辺りに今月の休館日がカレンダーに記されていた。何の変哲もない看板のように思える。少なくとも、写真を撮ろうとは思わない。
看板をじっと見つめる。一瞬、休館日のカレンダーを写真に撮ったのかもしれないと思ったけれど、それなら何度もカメラに収める必要はない。新田さんは角度を変え体勢を変え、何度か撮っていた。
内側に秘密の暗号でもあるのかなとぐっと顔を近づけた時、中からかさかさと大きな蜘蛛が出てきた。辺りに響くような大声を上げて、反射的に身体を反らせる。心臓が口から出てしまうかと本気で思った。
これでは謎解きどころではない。ちょっとしたパニックで真っ白になった頭は、自然と帰宅へシフトしていく。もう帰ろう、変な詮索はよそうと歩き始めると、視界に制服姿が映った。さっきどこかへ行ったはずの新田さんが、何故か遠巻きにこちらを見ていた。
「こんにちは」
二度も目が合って挨拶しないのもなんなので、歩み寄って挨拶をする。新田さんは「こんにちは」とお辞儀をして「あの、何かあったんですか?」と続けた。先程上げた悲鳴が、彼女を呼び寄せたようだ。
「白状すると、新田さんの行動が気になって看板を見てた」
「やっぱり、見られてましたか」
「うん。それで、何で看板の写真撮ってるんだろうって気になって見てたら、蜘蛛が出てきてパニックになっただけだよ」
何とも情けない説明だけど、全て事実である。
新田さんは首を傾げた。ラッキーなことに、彼女は蜘蛛を見ていないのだろう。
「私、看板の写真なんか撮ってないです」
「撮ってたじゃん。スマホで」
新田さんは「あー、なるほどです」と言って、ポケットの中からスマホを取り出して、何やら操作し始めた。
「心の準備、してください」
新田さんが画面をこちらへと向ける。そこに映っていたのは、さっき目が合った蜘蛛だった。身体の仰け反りそうになるのを必死に抑える。
「蜘蛛、好きなの?」
声を何とか絞り出した。新田さんは嬉しそうに「蜘蛛も好きです」と言った。
謎は全て解けた。ついでに寿命も縮んだ気がするので、養生するために早く帰ろう。
「じゃあ、自分こっちだから」
「私もそっちです」
小中が同じなら、校区も同じかと納得する。別にそうする必要はないけれど、何となく連れ立って歩き始める。
「本、好きなんですか?」
「そうだね。人並みに好きだと思う」
「私、本も好きなんです」
それもそうか。わざわざ蜘蛛を撮るために図書館へは足を運ばない。
「小説?」
「はい」
「今まで読んだ中で、一番好きな本は?」
読書をする人間なら百回は聞かれる質問だ。読んだ本で相手を知ろうとするのは、本好きの性だろう。
「私は、『ダレン・シャン』シリーズが好きです」
新田さんはそう言って笑った。オチがついたとでも言いたげな感じだった。
疲れの交じる笑みを浮かべる。自分の好きな本は、また明日学校ででも話そうかと考えながら、良い趣味だねと乾いた賞賛を贈った。
1/15/2024, 2:27:27 AM