薄墨

Open App

指を夜空に浸して、星を繋ぐ。

まっすぐ、パキッと線を引く。
絵が出来上がる。
自分にしか見えない、宇宙のキャンパスに、見たいものを描く。
空を見上げて。

たくさん、たくさん描いていく。
戦う人。まぐわう人。会話をする人。
猛獣。神様。妖怪。

誰にも見せられない胸の内の不思議な世界を。
私の頭に根付く、たくさんの空想の世界を。
自分の汚い欲望と感情を目一杯詰め込んだ絵を。

星座は、秘密のお絵かきには、素晴らしいキャンバスだ。
点は誰にでも見られるが、線は誰にも見られない。
何を描いたって、描いた人間にとってそれは無かったことにはならないし、誰かにその絵の内容がバレることもない。

だから、私は今日も、この山奥の星空に、そっと指をかざす。
夜空に手を浸して、無数に散りばめられた星の点を繋いで、誰にも見せられない秘密の絵を描く。
他の誰でもなく、ただ、自分のために。

ほうっと深い息を吐いて、星空を眺める。
指と頭の中で描いた星座が、無限の星空のたった一面に、びっちりと並んでいる。

満足感と充足感。
私はスッキリして、手を下ろす。
今日はこのくらいにしよう。

山道をゆっくりと降りてゆく。
星が空の上に満天に輝いている。
私だけの星座が、私を見送っている。
もしかしたら、こんなことをしている人は私以外にもいて、この幾星霜広がるどの星も、きっと誰かの星座のための一点で、誰かのかけがえない星なのかもしれない。
ふと、そんなことに思い当たる。

涼しい山風が吹き抜けていく。
幾千もの星がちらちらと輝く。
たくさんの、誰かのための星座が今日も夜空に輝いている。なんだか素敵だ。

星を見上げる。
私には私のための星座が見える。
誰かには誰かのための星座が見える。

ゆっくりと山を降りていく。
星はいつまでもキラキラと輝いていた。

10/5/2024, 2:07:33 PM