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プシュッ
缶ビールを開け、豪快に喉に流し込む。人生の中でこのときが一番幸せなんじゃないかとつくづく思う。
と同時に、涙が一粒流れた。
―――そう、俺、失恋したんだ。


俺の好きな人は泡のような存在だった。儚く脆く、美しい。そんな人だった。
俺は五人でアイドルとしてやってきた。この十年、楽しいことも辛いこともたくさんあった。もう俺らも年で体が動かなくなってきた。そろそろ引け目だったのだろう。俺の好きな人―智くんは辞めたい、と言い出した。

メンバーの内の一人はなんで、どうして、原因は、と次々に問い詰めた。一人はずっと俯いたまま一言も喋らなかった。一人は慌てて問い詰めているメンバーを止めにかかっていた。そして、俺は。ただ呆然とその光景を見ているだけだった。
その後、何度も何度も話し合いを重ね、結果活動休止という措置を取った。正直、まだまだこの五人で続ける、いや、勝手に続くと思っていたから衝撃的だった。記者会見を開いたときには数多なる報道陣に質問を投げかけられ、答えを出して、を繰り返した。

活動休止、か。そう何度も心の中で呟く。そして十年間秘めていた気持ち、それが智くんへの恋心だった。この休止するというタイミングで俺は、もうこの恋はやめてしまおうと思った。
アイドルとしてデビューしてから、ずっと貴方の背中を追い続けた。でも、俺が触れそうになったらまた遠くへ行ってしまう。ムズムズして、欲しくて欲しくてたまらなかった。
貴方の舌っ足らずで呼ぶ俺の名前。しなやかにでも大胆に踊る体。赤ちゃんのような、ミルクのような甘い匂い。時折見せる、無邪気な笑顔。

俺は、どれだけ貴方に恋してきたと思う?

智くんに会いたい。この恋心とやらは、こんなにも大きな…君にとって邪魔なものだった。
俺も貴方みたいに泡のようになったらどこまで遠くへ行ってもついていけるんだろうな。


それでも貴方は消えていってしまうんだ。
泡のように。

8/5/2025, 2:21:07 PM