Ryu

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仕事が終わり、自分のアパートに帰る途中、人けのない一本道を歩いていた。
左右を高い塀に挟まれ、確かこの塀の向こうは墓地だったはずだ。
背伸びしても見えないが、少しジャンプすると、一瞬だけ静まり返った墓地群が見える。
あまりこの時間に見たい景色でもないが。

少し先の、塀の向こう側、傘が見えた。
塀の上に、傘の生地の部分が見えている。
誰かが塀の向こう側にピッタリと張り付いて、傘をさしている、そんな感じ。
だけど、雨は降っていない。
空には星が輝いてるし、日傘も不要なはずだ。
人がさしているとは思えない。深夜0時を回ったところだ。
墓地のあるお寺も、閉まっている時間じゃないだろうか。

何かの上に開いたまま乗せられて、固定されているのだろうか。
誰かが忘れていった傘が?
忘れた人が気付くように、ああして見えるように置いているのだろうか。
そんな事を考えていた矢先、傘がクルクルと回り出した。
思わず足を止める。

これは…誰かのイタズラか?
誰かが自分を驚かそうとしているのだろうか?
何のために?
なんにせよ、この道を進まないと家に帰れない。
出来るだけ傘を見ないようにして、歩き始めた。
目の端に、回り続けるその存在を感じながら。

横を通り過ぎようとした時、傘がフワッと浮いたように感じた。
思わずそちらを見てしまう。
目の前で、傘がゆっくりと上昇してゆく。
生地の部分が回りながら浮き上がり、柄の部分が見えてくる。
そしてその持ち手のところに…一匹の猫がぶら下がっていた。

…猫?
持ち手のところにつかまって、傘と一緒にクルクルと回っている。
少し太った、三毛猫だ。
理解出来ない光景に、その場で立ち止まり固まってしまった。
すると、声が響く。
「何ボーッと見てんだよ!助けろよ!」
…助けろ?誰が言った?この猫が?

唖然としながらも、条件反射で傘に飛びつこうとするが、塀が高すぎて手が届かない。
そうこうしているうちに、傘と三毛猫はゆっくりと昇っていき、暗い夜空に紛れて消えてゆく。
呆然と空を見上げ、その場に立ち尽くしていた。
何だったんだ、今のは?
三毛猫のメリーポピンズか?
でも、助けろって…不本意ながら飛んでいたのか?

考えても、答えは出ない。
傘に秘密があったのか、それともあの三毛猫が不思議な力を持っていたのか。
三毛猫のオスは貴重で、生まれるのは奇跡に近いと聞くが…。
まあ、だからといってあの状況は理解し難い。
辺り一帯は静まり返り、まるで何事も無かったかのように、いつもの帰り道だった。

「腹減ったな。夕飯まだだった」
私はいつもの帰り道を歩き始めた。
何かとても変なものを見たが、まあ、私の生活には特に何の影響もない。
家に帰ったら、SNSに今夜見たことを投稿して、飯食って風呂に入って寝よう。
明日の朝、少しでもそれがバズってることに期待して。

6/3/2025, 1:51:51 AM