わたしの住んでいる部屋はいつも暗かった。都会にあるアパートの2階で隣には5階建てのビルが建っていた。わたしは朝、目が覚めるたびに窓を開けては、隣のビルの灰色のタイルとにらめっこしている。
都会は空が少ないと聞いてはいたが、まさか部屋から見える景色に空がないとは。そしてそのことが、こんなにもわたしの日々を蝕んでいくとは。部屋を借りた頃のわたしは考えてもいなかった。
はじめは慣れるだろうと思っていた。家賃が安いのだから仕方ない。こういう造りの物件なのだから住むのに問題はない。都会に住むのだからそれぐらい我慢しなければと。
もちろんまったく光が入らないわけではない。隣のビルとの間に隙間はあるし、中天に太陽が来れば灰色のタイルにもいくらは日光は反射する。でも正午にわたしが部屋にいることなど週末しかないし、やはり早朝、起きた時に光が差し込まないのはまったく気分が晴れない。一日がリセットされない。目が覚めない。起きられない。
だからわたしは決めていた。部屋の契約更新まであと三ヶ月。その更新をしないでわたしはここを出ていく。新居の候補はもう見つけてある。そう思うだけで少しは気持ちが落ち着いた。ようやく地獄の二年間が終わる。そうか、わたしは牢獄に監禁されていた気分だったのだ。これは獄中の手記というわけだ。
そんな決意を固めていたある週末の朝。わたしは騒々しい機械音とともに目を覚ました。いや、わたしを眠りから起こしたのは音だけではなかった。光だ。二年間暗く封印されていた窓から光が差し込んでいる。わたしは驚いて窓辺に立ち、勢いよく窓を開けた。そこにはもう灰色のタイルはなく、青いビニールシートが日光を反射してきらめいていた。隣のビルの解体工事が始まっていたのだ。
数日後にビニールシートも外されて、隣の土地はぽっかりと空き地になった。わたしは窓の外に大きな空を手に入れた。不意に訪れた幸運。棚からぼたもち。わたしの監獄生活は突如として終わりを告げた。
これならば、ここならば、この部屋を出ていく理由はない。都心に近くアクセスは最高で家賃も安い。毎日太陽を拝めるなら、新しく探した物件よりも好条件だ。わたしは期限の二ヶ月前に契約更新の連絡を入れた。
二ヶ月後。通勤のために家を出た。今日もわたしに太陽をくれるありがた〜い空き地に挨拶していこうと前を通ると、そこには立て看板が掲示されていた。
【建築計画のお知らせ】
「建築物の名称|轟ビルヂング」
「階数|地上30階/地下2階」
「着工予定・・・」
その日から、太陽のない二年間の服役が確定した。
4/3/2025, 1:20:42 AM