ドルニエ

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 フロストランドの寒村。どこの部屋でも暖炉ではかっかと薪が燃えている場所。その規模からか、そういう趣旨を掲げた宿はない。だからあのひとは道すがら数本の酒と、少しの肴を求めた。
 そうして訪れた宿の主とおぼしき五十くらいの痩せた女性は、俺たちの目的を即座に察したようだった。ベッド、壊さないでくれよ――そう、面倒くさそうに告げて壁に架けてある鍵を取ると、ごとりとカウンターに置いた。

 部屋は冷えきっている。あのひとは慣れた様子で、すでに暖炉の中で組まれていた薪に火をつける。
 さすがに冷えたな。少し飲もう――そのひとはそう言うと、俺の手からバスケットを取って酒瓶の栓を抜くと、必要以上に高い位置からコップに注ぎ――そのぞんざいな手つきの割には、酒は一滴もこぼれることはなかった――、それを少し口にして息をついた。
「あぁ」
 そう言って口を拭う。俺はそっともうひとつのグラスに酒を注ぐと、やはり慎重に口をつけた。
「美味いです」
「そうか」
 素っ気なくそう言うと、目の前のひとはさらに酒を注いでひと息に飲み干し、鼻で息をついた。その無頼なふるまいもどこか様になっているから、一体このひとはどこでこんな所作を身につけたんだろう――そんな疑問が湧く。
「ほら、来い」
 そう言ってそのひとは俺を呼ぶ。
 俺は黙ってそれに従う。鼓動はすでにはっきりと聞きとれるほどに高鳴っている。
 だって、これから俺はこのひとに――。
 彼女は俺の襟を掴むと酒瓶に口をつけ、そして俺の唇を塞ぐ。
 反り返るようにして、俺は彼女の口づけを受け入れ、注ぎこまれるわずかに温まった酒を嚥下する。とろん、とした顔をしていることは自覚している。
 そして、酒を注ぎこみ終わった彼女が顔を離すと、今度は俺のほうから唇を合わせる。ほぼ同時に互いの舌が差し出され、触れあい、絡みついては離れる。
「ん、ふぅ」
「っは」
 そう、息をつくと、すぐにまた口づけをする。何度も、何度も。そのたびに、あのひとの口から酒が送りこまれた。
「あ、ん。ヴィオラさん」
「苦しいか?」
 口もとを拭う俺に、このひとは問う。俺は首を振ってシャツのボタンをひとつ外した。
「なんだ、堪え性がないな」
 ぼふ、とベッドに腰を下ろした俺を、この人は見おろした。
「ええ。もう半月ですよ。早く――」
「わがままな奴め」
 そう言って、このひとはやはり酒瓶に直接口をつける。
 俺は両腕を伸ばし、あのひとの来てくれるのを待った。血の巡りがよくなっているのが分かる。胸が震え、目に映るものが極端に狭くなる。あのひとが俺の胸をつき、横たわらせる。そして顔が限りなく近づき――俺は目を閉じた。
 ああ、あなたが、あなたに俺を――。
 じんわりと涙が浮かんできているのを感じ、俺はそれを続けざまに注ぎ込まれた酒のせいにすることにした。
 今日も、俺は――

2/4/2024, 2:24:01 PM