【雨に佇む】
ポツポツと音を立てて、鉛色の曇天から雨粒がこぼれ落ちる。その響きと煌めきが美しくて、僕は思わず道端で足を止めた。雨足を避けようと慌てて走っていく人々は、僕の存在なんて気にも留めない。まるで世界で一人きりになってしまったようで、ひどく甘美な心地がした。
どれだけの時間、そうしていたか。濡れた服が肌に吸いつき、髪先からポタポタと雫が伝うようになった頃、不意に視界に影が落ちた。
「雨の中にボーッと佇むクセ、そろそろやめなよ。いい加減本気で風邪引くよ?」
振り返れば晴れた空のような清々しい水色の傘が、僕へと差し向けられている。呆れたようにため息を吐いた君と、これで世界に二人きり。
「大丈夫だよ、馬鹿は風邪を引かないんでしょ?」
「君が馬鹿なら、世界の八割くらいが馬鹿になるんだけど。無意識に全世界に喧嘩売ってるの?」
「成績が良いことと馬鹿かどうかって、全く別の話じゃない?」
「まあ確かに、雨のたびに道端に立ち尽くしてる君は馬鹿かもね」
ほら、帰るよ。そう笑って傘を揺らした君と肩を寄せ合って、君の差した一つ傘の下を歩いていく。傘に守られた二人きりの世界は、柔らかな安らぎに満ちていた。
8/27/2023, 9:54:44 PM