すゞめ

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 今日という日を無事に終え、カップアイスとビールで締める。
 内蓋のフィルムを剥がし、空気の入った窪みにスプーンを差し込んだところで、彼女が声をあげた。

「あっ……」

 気まずそうに視線を泳がせるから、もしかして食べたいのかなと思って伺ってみる。

「……えっと、食べますか?」
「や、……いらない」

 食べたいわけではなかったか。

 連日続く暑さに、冷たいものが恋しくなったのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。

「ええと……ごめん……」
「え!? なにがです!?」

 彼女に謝られる理由に心当たりがなくて焦り散らかす。

「今日、買い物頼まれたじゃん?」
「あぁ、はい。すみません、どうしても立て込んでて」
「や。それはいいんだけど、普段、買い物とか全然しないから、さ……」

 居心地悪そうにしながら、彼女はポツポツとありのままを吐露していく。

「お風呂から出たあと、冷凍品を全部冷蔵しちゃってたことに気づいて……」

 冷凍品、を……冷蔵庫……。

「ぶっ」

 顔を真っ赤にしながら真実を打ち明ける彼女の姿が愛おしすぎて、我慢できずに吹き出した。
 俺のリアクションのせいで、彼女はそのかわいらしい顔を両手で覆い隠してしまう。

「急いで冷凍庫に突っ込んだんだけど、アイス、だいぶふにゃふにゃしてたから。……大丈夫なのかなって……」
「まぁ、アイスは大丈夫です」
「そ、そっか……よかった」

 普段しっかりしてるのにこういうところ、抜けていてかわいいよな。うん。

「ごめんね?」
「言われても味とかわかんないんで、気にしなくていいですって」
「でも……」

 本当に気にしていないのだが、彼女はうまく折り合いがつけられないらしい。
 このままではコンビニまでアイスクリームを買いに、家を飛び出してしまいそうな勢いだ。
 さすがにそんなことはさせられないため、ひとつ提案をしてみた。

「そんなに気になるならこれでチャラにしましょうか?」

 ぽんぽん、と自分の太ももを軽く叩いて彼女を催促する。

「えぇ……」

 少しでも罪悪感が減るならと膝枕を要求したら、ものすごく嫌そうな顔をされた。

 無理強いしたいわけでもないため、逡巡する彼女を横目にビールを飲む。
 すると、彼女が寝っ転がって遠慮がちに俺の太ももに頭を預けてきたから、脳内に銀河が展開されていった。

 視界の真下にこんなにかわいい顔があっていいのだろうか。

 いつもは頭の位置が高すぎるとか、低反発すぎるとか、どこに視線を置いたらいいかわからないとか文句が止まらないくせに、今回はおとなしく従ってきた。

 まさに至福……!

「……」
「……」

 彼女との沈黙に温度差があるように感じたが、きっと、絶対、確実に、気のせいに違いない。
 彼女の頭部を撫でながらアイスクリームを食べ進めた。

「眠たかったら寝ちゃってもいいですよ。ちゃんと運びますから」
「それは遠慮したいなあ」

 まろやかな声で笑うが、すでに彼女の瞼は重たそうにしている。
 長い睫毛が小さく上下に動いているが、目はほとんど開いていなかった。

 実はもうつひとつ、隠された真実があることに、彼女は気づいているのだろうか。
 その真実を打ち明かし、俺が膝枕以上の行為を求めた場合、彼女は眠気を飛ばして応えてくれるのだろうか。

 急にむくむくと顔を出す下心をごまかすようにビールをあおった。
 体温が高くなり、呼吸が規則的になっていく彼女をチラリと盗み見る。

 たぶん、気づいていないよなあ……。

 木綿豆腐と生卵。
 それらがパックごと、なぜか冷凍庫に眠っているのだ。

 冷凍された豆腐の活用の仕方なんて知らないから、そちらのほうが問題だった。
 最終手段として、そのまま解凍してしまおうと思っている。

 一方、卵は体積の限界を迎えて殻が割れてしまっていた。
 目玉焼きとか温泉卵にするといいようなことを聞いたことがあるので、あとで試してみるつもりでいる。

 この隠れた真実を、今この場で伝えるか否か。
 今度はアイスクリームを掬いながら、しばし迷うのだった。


『隠された真実』

7/14/2025, 12:06:08 AM