saha

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雨の音が随分と続きすぎて、今では逆に聞こえなくなってきた。
ずっと耳に届く雑音は頭の中で勝手に消されてしまいらしい。海外では蝉の声がわからないとか、そういう。脳みそって便利な作りしてるな、と感心した。
薄らとしたホワイトノイズは、外界の認識を鈍らせる。膜を一枚隔てたみたいに。湿気による空気の重さや低気圧による息苦しさがその膜の実在性を一層錯覚させた。
体中に何かがまとわりついているような気がしてならない。だからこんなに動きたくないのか。
怠さに逆らわず瞼を下ろすと、その膜は幾重にも重ねられていくような気がした。蜘蛛の巣を貼られる銅像ってこんな感じかもしれない。
(蛹だ)
瞼のごしの薄ぼんやりした闇の中で、どんどん重なる膜がまあるく全身を包んでいるのを想像した。
さぁさぁと膜ごしの遠い音を聞きながら、今度は蛹として四肢がどろりと溶け出すのを妄想した。
なんせこんなにも怠いのだから、溶けてしまってもおかしくないんじゃないか。そんな気さえしてくる。
何になるんだろう。今までが幼虫だった想定はなかったので、この蛹を脱いだあとはどういう生き物に変態するのか。あぁ、怠いのも変態のためのエネルギーを使っているからなんだ。溶けた体を作り直すエネルギーはきっととてつもないものだ。
しかし、この体には朝に適当にいれた食事しかなかった。きっと足りない。足りないから、怠い。そして起きていられない。

雨は丁度夜明けと共に去って行ったようだ。あんなに居座っていた割に別れ際はさっぱりとしたものだ。
右腕を持ち上げる。それから左足、右足も。ある。当然だ。何も変わらない私の四肢だ。
でもなんだか、作り変わったような清清しさが残った。どうやら完全変態を遂げた気分になったらしい。
雨が上がって目覚めがすっきりとした、それだけでなんだかじっとしていられないほどそわそわしている。
どこへ行こうか。いや、どこへ行ってしまうんだろうか。今日は気持ちよりからだが勝手に逸るように動いてしまいそうだから、行き先なんて今から決められないだろう。
しかし、その前に、だ。適当な食事をするわけにはいかない。今のこの体に十分なエネルギーを入れなければ。
「いただきます」

5/25/2023, 8:11:54 PM