139

Open App

 月が分厚い雲に覆われた。今宵がチャンスだと悟った。私はベッドから降りて部屋を出た。
 屋敷じゅうが煌びやかな装飾が施されているが、それらを一つ一つ楽しむ暇はない。私は忍び足で長い廊下を歩いた。途中の警備員は物陰に隠れてやり過ごし、ひたすら息を止めて歩いた。まるでスパイ映画の主人公になった気分だったが、すぐに気を引き締めた。
 ようやく辿り着いた屋敷の奥の部屋。ここには私をこの屋敷に招き入れた人間が眠っている。
 ドアノブをゆっくり動かすと、僅かながらに小さな音を立てた。そのまま手を引けば、あっけなく開いてしまった。もしや何か勘づかれただろうか、と疑うも、部屋に一歩踏み出せば見当違いだったことが分かる。

 私をここに招いた人間--王子はベッドで眠っていた。

 慎重にドアを閉め鍵をかける。静かに息を吐いてから、ベッドへとまた忍び足で近づいた。
 ベッドを覗き込むと、王子は太陽の光のようなアンバーの瞳を隠していた。フルフルと震える長いまつ毛に薄い唇。呼吸に合わせて規則正しく上下する彼の体が、生きている証だ。

 今だ。今しかない。

 私は就寝用ワンピースのポケットからナイフを取り出した。折りたたみ式のそれは、ワンタッチで刃が出てきた。
 恐る恐るナイフを王子の首に近づけた。途中でナイフを持つ手が震え始めたから、両手で支えた。

 あとほんの数センチだった。

「君はそれで良いの?」

 王子がナイフを持つ私の手首を掴んだ。私はビックリしてナイフを手から離した。床にカシャンと音が跳ねる。
 王子は目を開いて、目が眩むアンバーの瞳で私を真っ直ぐ見てきた。

「黙ってても無駄だよ。証拠は監視カメラにある。君の知らないところにね」

 私は口をはくはくと動かすばかりで何も声に出せなかった。
  やはりいつからか気づかれていた。部屋に忍び込んだ時か、はたまた廊下にいるときか。もしかして、最初から。

「まだ引き返せる。今夜のことはお互いに忘れよう」

 王子はそう言って微笑んだ。
 私は大粒の涙を流して、王子の枕元に突っ伏すしかなかった。


 与えられた使命と、貴方への愛の狭間で私は身動きが取れない。
 誰か助けて。


『光と闇の狭間で』
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
人魚姫パロのはずがなんか物騒な話になってしまった

12/2/2024, 9:20:02 PM